「インド最新法令情報‐(2017年7月号) デリー高裁、法人格否認の法理を適用した仲裁判断を取り消す」

1. はじめに

インドのデリー高等裁判所(以下「デリー高裁」という。)単独審は、2017年5月16日、法人格否認の法理に基づき会社代表者個人に対する責任追及を認めた仲裁判断(以下「本仲裁判断」という。)を取り消す決定(以下「本取消決定」という。)を下した。

後述のとおり、本取消決定は、法人格否認の法理があくまで例外であることを確認し、同法理の適用に一定の歯止めを掛けるものであり、インドに現地子会社を有する外国企業にとって好ましいものといえる。本号では、法人格否認の法理の意義、本事案および本仲裁判断の概要、並びに本取消決定の概要を述べたうえで、本取消決定の実務上の意義を検討する。

2. 法人格否認の法理の意義

法人格否認の法理とは、会社の財産と株主の個人財産とが混同されている場合、又は自己が法律上負っている義務を免れる目的で会社を設立した場合などのように、法人格を認めることが相当ではない場合に、特定の法律関係において当該会社の法人格を否定する法理論をいう。例えば、買掛金を滞納している旧会社の支配株主が、買掛金の支払を免れる目的で、新会社を設立して同種の事業を開始したうえで旧会社を解散させたような場合、法人格否認の法理に基づき、旧会社の債権者が新会社に対して買掛金の弁済を請求できることがある。

法人格否認の法理は米独で発展してきた法理であり、日本など大陸法系の国でもインドなど英米法系の国でも判例上採用されている。しかしながら、法人制度の基本原則の1つは、法人には独立した人格が認められ、他の人格が負う責任から隔離されるというものである以上、法人格否認の法理の適用は例外的な場合に限られるべきであるといわれている。

 3. 本事案および本仲裁判断の概要

インドの通信制大学であるIndira Gandhi National Open University(以下「IGNOU」という。)は、2005年、アラブ首長国連邦の株式会社であるUniversal Empire Institute of Technology(以下「UEIT」という。)との間で、ドバイにおける通信教育プロジェクトに関する業務提携契約(以下「本契約」という。)を締結した。しかし、UEITが学生から受け取った授業料をIGNOUに対して送金しなかったとして、IGNOUは本契約を解除し、UEITおよびその代表者であるSudhir Gopi氏(以下「Gopi氏」という。)に対する仲裁を申し立てた。本契約には仲裁条項が規定されており、UEITの代表者としてGopi氏が署名していた。

本仲裁判断は、IGNOUが主張する、①Gopi氏がUEITの株式の99%を保有し、UEITの唯一の経営者であったこと、および②仲裁手続においてGopi氏がUEITと共同で反対申立てを行ったことなどを踏まえ、法人格否認の法理を適用し、UEITおよびGopi氏に対して、未払授業料約65万ドルおよび遅延損害金並びに仲裁費用を連帯して支払うよう命じた。これに対してGopi氏は、1996年インド仲裁調停法(Arbitration and Conciliation Act, 1996)第34条に基づき、デリー高裁に対して、本仲裁判断が違法であると主張し、その取消しを申し立てた。同法第34条は、仲裁判断がインドの公序(Public Policy)に反するなど例外的な場合に、裁判所に対して当該仲裁判断を取り消す権限を付与する規定である。

 4. 本取消決定の概要

冒頭で述べたとおり、デリー高裁は、本取消決定により本仲裁判断を取り消した。本取消決定は、①支配株主が会社の株式のほぼ全てを保有し、当該会社の経営を行っているという事実だけでは、法人格否認の法理を適用して当該支配株主への責任追及を認める根拠とはならないこと、②会社が契約上の債務を履行する能力をもたないという事実だけでは、法人格否認の法理を適用する根拠とはならないこと、③詐欺その他の不正目的により会社の法人格を利用したような場合には法人格否認の法理を適用すべきであるが、本事案はそのような場合ではないこと、および④インド法において、会社が独立した法人格を有するというのは基本的な原則であることを指摘し、本仲裁判断は重大な違法があり取り消されるべきであると結論づけた。

 5. コメント

法人格否認の法理は、会社の法人格が形骸化している場合又は濫用されている場合に、会社の背後にいる者に対して責任追及する手段として有効な場合もある。しかしその反面、法人格否認の法理が過度に適用された場合、会社に独立した法人格を認めるという会社制度の根底を揺るがし、会社の法的安定性を損なうおそれがある。特に、インドに現地子会社を有する外国企業の場合、現地子会社の債権者が、安易に法人格否認の法理を主張して、支配株主である外国企業や代表者である現地駐在員に対して責任を追及するようになると、インドにおける紛争リスクが高まることとなる。

本取消決定は、法人格否認の法理があくまで例外であることを確認し、同法理の適用に一定の歯止めを掛けるものである。そのため、本取消決定は、インドに現地子会社を有する外国企業にとって、現地子会社の法的安定性を高めるとともに、インドにおける無用な紛争リスクを低減する点において、好ましいものといえる。

 以上

TMI総合法律事務所 インドデスク

平野正弥/白井紀充/奥村文彦

info.indiapractice@tmi.gr.jp

——————————————————————————–

インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は禁止されております。インドデスクでは、一般的なマーケット情報を、日本及び非インド顧客向けに提供するものです。

 

ページの先頭へ