「インド最新法令情報‐(2019年10月号) インド労働法の再編の現状」

1.はじめに

インドには、現在、中央政府が制定した45本を超える労働関連法に加え、各州政府によって制定された多くの労働関連法が存在している。そのため、企業が遵守事項を確定するためには、関連事項を規律する複数の法律を検証することが必須であり、法令遵守の大きな妨げとなっていた。このような現状を踏まえて、モディ政権は、大規模な労働法再編を計画しており、第2次モディ政権にとって初となる2019年度の予算案においても、労働法再編を進めることを明らかにした。かかる労働法再編により、労働関連法は、(i)賃金、(ii)労働安全衛生、(iii)労使関係、および(iv)社会保障の各分野について、4本の法律に統合されることが予定されている(以下「本労働法再編」という。)。

本号では、現在進行中の本労働法再編の状況を概説し、主要な改正点のうち、特に日系企業への影響が大きいものを紹介する。

2.本労働法再編の概要

(1)賃金

2019年賃金法(The Code on Wages 2019。以下「2019年賃金法」という。)は、本労働法再編において、唯一、国会および大統領に承認済みの法律であり、中央政府が官報で通知する日に施行される予定である。ただし、現在のところ、施行日は未定である。2019年賃金法は、賃金に関して定めた4本の法律すなわち、①賃金支払法 (Payment of Wages Act, 1936)、②最低賃金法 (Minimum Wages Act, 1948)、③賞与支払法(Payment of Bonus Act, 1965)および、④平等給与法(Equal Remuneration Act, 1978)を統合するものであり、主要な改正点は以下のとおりである。

概要

現行法

2019年賃金法

賃金の定義

ž 各法律の「賃金(wages)」の定義が不統一

ž 各法律の「賃金(wages)」の定義を統一

最低賃金額

ž 法定された一定の事業所のワークマンの最低賃金を規定

ž 州ごとに異なる最低賃金を規定

ž 全てのワークマンの最低賃金を規定

ž 中央政府による統一された最低賃金を規定

賞与の支払い

ž 給料が月額21,000ルピー以下のワークマンに適用

ž 適用範囲の決定権限を州政府に付与

Inspector-cum-facilitators」の導入

ž 労務監督官(Labor Commissioner)による、法令違反の調査および検挙

ž 法令違反の調査および検挙に加え、法令遵守のための助言を行う権限をもつ「Inspector-cum-facilitators」を導入

 

2019年賃金法により、全てのワークマンの最低賃金および各法律の賃金(wages)の定義が統一され、日系企業においても法令遵守が容易となる一方、雇用契約書等の見直しが必要となることが予想される。さらに、「Inspector-cum-facilitators」の導入により、行政が単に法令違反行為の調査や検挙を行うにとどまらず、企業に対して法令遵守のための助言を行う役割を担うこととなり、労務紛争を減少させることが期待されている。

(2)労働安全衛生

2019年労働安全衛生法(The Code on Occupational Safety, Health and Working Conditions 2019。以下「2019年労働安全衛生法」という。)の法案は、労働安全衛生に関して定めた13本の法律を統合するものである。2019年7月23日、インドの下院に提出されたものの、未だ承認を得ていない。主要な改正点は以下のとおりである。

概要

現行法

2019年労働安全衛生法

適用範囲

ž 法令ごとに異なる(ワークマン1名~20名の施設)

ž 10名以上のワークマンを雇用する施設に適用

雇用者の義務

 

ž 特段の定めなし

ž 全従業員に対する雇用通知交付等の義務の明確化

労働条件に関する定め

ž 労働時間等の法定

ž 政府が適切な労働時間等を決定

ž 残業を行うワークマンの事前同意を要求

女性の深夜労働

ž 女性の勤務時間を6時~19時の間に制限

ž 書面に基づく同意があれば、女性は6時~19時以外の時間にも勤務可

派遣労働者への福祉施設の提供

ž 派遣元企業に福祉施設の提供義務

ž 一定の派遣先に福祉施設の提供義務

 

2019年労働安全衛生法により、労働者の労働環境の改善が期待されている。また、女性の深夜労働も認められることになり、法令レベルでも男女平等が志向されることとなった。ただし、企業によるLGBT専用トイレの設置義務の制定等の更なる改正が必要であると指摘されている。なお、2019年労働安全衛生法では、派遣労働者(contract workers)の労働環境に関する改正は行われていないため、派遣労働者に関しては従前どおり関連法令を遵守することで足りるであろう。

(3)労使関係

2019年労使関係法案(The Code on Industrial Relations Bill 2019。以下「2019年労使関係法案」という。)は、労使関係に関する3本の法律を統合するものであるが、法案の内容は未公開であり、今後の両院における議論を通じてその詳細が明らかになる見込みである。なお、2015年に、2015年労使関係法案(The Code on Industrial Relations Bill 2015。以下「2015年労使関係法案」という。)が公開されているものの、2015年労使関係法案の内容が2019年労使関係法案にも反映されるか否かは明らかとなっていない。2015年労使関係法案において検討された主要な改正点は以下のとおりである。

概要

現行法

2015年労使関係法案

解雇にかかる政府の許可

ž 100名以上のワークマンがいる事業所はレイオフ、整理解雇等に州政府の許可が必要

ž 300名以上のワークマンがいる事業所はレイオフ、整理解雇等に州政府の許可が必要

会社都合による解雇における手当

ž 業績不振や組織改革といった会社都合によりワークマンを解雇する場合、勤続年数に15日を乗じた日数に相当する賃金を手当として支払う必要あり

ž 左記の手当の額が勤続年数に45日を乗じた日数に相当する賃金に増額

 

(4)社会保障

2018年社会保障法案(The Draft Labour Code on Social Security 2018。以下「2018年社会保障法案」という。)は、社会保障に関する15本の法律を統合するものである。現在制定過程にあり、今後の両院における議論を通じてその詳細が明らかになる見込みである。2018年社会保障法案において検討された主要な改正点は、以下のとおりである。

概要

現行法

2018年社会保障法案

適用範囲の拡大

ž パートタイム労働者、非公式労働者(informal workers)、家事労働者、在宅労働者(domestic workers)が対象となることの明記なし

ž 左記労働者が含まれることが明記

紛争解決制度の創設

ž 社会保障に関する紛争解決制度に関する法令なし

ž 社会保障に関する対応に不服があるワークマンは、調停人に対して紛争解決の申立てが可能

 

3.コメント

以上のとおり、本労働法再編は着々と進んではいるものの、4分野全ての再編の完了までには、まだまだ時間を要する見込みであり、引き続き再編の動向に注目すべきである。直近では、(i)2019年賃金法の施行日および(ii)2019年労働安全衛生法の議会での検討状況については、特に注視すべきである。本労働法再編は、企業が遵守すべき法律および具体的な規定を明確にし、従前より日系企業を悩ませていた労務管理に対して抜本的な改善を促進するものであり、日系企業の労務管理が容易になることが強く期待される。

以上

TMI総合法律事務所 インドデスク

平野正弥/小川聡/宮村頼光

info.indiapractice@tmi.gr.jp

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