1.はじめに
近時のインドにおいて、フィンテックおよび暗号資産(Virtual Digital Assets: VDA)に関する政府・当局のスタンスがより鮮明となっている。イノベーションを促進する特区でのサンドボックス制度が緩和される一方で、海外の暗号資産交換業者に対しては摘発と市場排除が実施されるなど、「アメとムチ」の明確なアプローチがとられている。また、これと並行して、インド準備銀行(RBI)による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の機能拡張も公式にアナウンスされた。
これらの動向は、金融事業者やWeb3専業企業にとどまらず、インドへ進出、またはインド居住者向けにサービスを提供する一般の日本企業にとっても、新たな決済インフラの活用機会や、思わぬ規制違反リスクの観点から極めて重要な意味を持つ。本号では、近時に発生した3つの重要トピックの要点を示し、予見される日本企業への実務的な影響を解説する。
2.フィンテック・暗号資産関連の主要トピック
(1) IFSCAによる「FinTech Sandbox Framework 2026」の施行
2026年3月16日、インドにおける金融特区を管轄するインド国際金融サービスセンター局(IFSCA)は、「FinTech Sandbox Framework 2026」
( https://ifsca.gov.in/CommonDirect/ViewFile?id=d575554ec59b09e7fde503d3a8539e03&fileName=Approval_of_IFSCA_FinTech_Sandbox_Framework_20260316_0341.pdf )を公表・即日施行した。これは2022年の旧枠組みを全面的に置き換え、フィンテック企業の参入要件緩和や手続のデジタル化を図るものである。これにより、IFSCAは、「FinTech Innovation Sandbox(プレマーケットテスト段階)」において、ライブ環境に進まない限り、IFSC内での物理的拠点(Physical Presence)の設置が免除される「リモートテスト」を公式に許容することとなった。
(2) FIU-INDによるオフショア暗号資産交換業者(VDA SPs)への一斉摘発
インド財務省管轄の金融情報機関(FIU-IND)は、インド国内に拠点を持たない海外の暗号資産交換業者25社に対し、インドのマネーロンダリング防止法(PMLA)第13条に基づくコンプライアンス違反(未登録営業)でショーコーズ・ノーティス(Show Cause Notice)を発出した(2025年10月1日公式発表、現在も措置継続中)。
また、情報技術法(IT Act)に基づき、インド情報技術省(MeitY)に対して当該25社のアプリおよびウェブサイトのURLをインド国内から強制的に遮断するよう要請し、実行に移している(2025年10月1日付インド政府プレスリリース(FIU-INDによる2002年マネーロンダリング防止法(PMLA)第13条に基づく25社への通知))( https://www.pib.gov.in/PressReleasePage.aspx?PRID=2173758 )。
(3) RBIによるデジタルルピーパイロットテストの機能拡張
インド準備銀行は、2026年4月29日付で中央銀行デジタル通貨「デジタルルピー」に関する公式FAQを更新した(2026年4月29日付更新版インド準備銀行(FAQ "Digital Rupee (e₹)"( https://www.rbi.org.in/commonman/english/scripts/FAQs.aspx?Id=3686))。現在進行中のパイロットテスト(リテール向け・ホールセール向け)において、新たにデジタルルピーの「プログラマビリティ(特定の目的や期間に限定した資金利用のプログラム)機能」と「オフライン決済機能」の実証実験が展開されていることが公式に公表された。
また、民間発行の暗号資産と異なり、デジタルルピーは中央銀行発行の「法定通貨」であり、信用リスクや流動性リスクが生じない点が改めて示されている。
3.総括と日本企業への実務的な影響
前述の3つの動向は、広くインド市場へ展開する日本の一般事業会社に対して、以下のような実務的な影響をもたらし得ると考えられる。
- 現地法人不要の実証実験ルートの確立
インド国際金融サービスセンター局(IFSCA)の新たなサンドボックス・フレームワーク(リモートテストの許容)は、日本企業に対して初期投資リスクを引き下げることになると期待される。同フレームワークにより、現地法人の設立やオフィスの確保といった初期ハードルなしに、日本から遠隔で自社のブロックチェーン技術や新たな決済ソリューションの実証実験を行うことができる可能性がある。非金融業を行う日本企業であっても、特区を通じてインド市場のテスト参入が容易になった点は実務上の利点と言える。 - 越境デジタルサービスにおけるURL遮断リスク
インド財務省管轄の金融情報機関(FIU-IND)によるオフショア業者のURL遮断事例は、一般企業に対する警告となる。例えば、日本の事業会社がインド居住者向けに越境EC、オンラインゲーム、メタバース空間等でのサービスを展開し、そのエコシステム内でトークンやNFT(インド法上のVDAに該当し得るものを含む。)を付与・流通させる場合、現地法人がなくともインドのマネーロンダリング防止法(PMLA)等のインド国内法が実質的に域外適用され、突然のサービス遮断といった重大な事業リスクを負う可能性がある。 - 「プログラマブル・マネー」がもたらすサプライチェーン変革
デジタルルピーにおけるプログラマビリティ機能の導入は、インド進出企業の商流を変化させる可能性がある。例えば、現地サプライチェーンにおいて「特定の農家向けの補助金」、「使途を限定した仕入先への決済」などをプログラムで自動制御することで、資金使途を正確に統制した効率的な決済網の構築が可能となる。
総じて、インド政府は民間の暗号資産に対しては規制を敷く一方で、国家公認のインフラや特区を用いたイノベーションに対しては推進策を講じていると言える。日本企業としては、こうした規制の境界線を的確に見極め、公式路線に沿った形でインドでのデジタル戦略を構築していくことも検討に値する。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/奥村文彦/呉竹 辰/大西健太
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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