はじめに ― EU初の包括的強制労働製品禁止規則の意義と施行時期
欧州連合(EU)における強制労働規制は、これまで主として企業に対して人権デュー・ディリジェンスを義務付ける形で進展してきました。その代表例が、2024年7月に発効した企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive、以下「CSDDD」といいます。)であり、同指令はサプライチェーン全体にわたる人権及び環境リスクの特定・防止・是正を企業に求めるものです。しかし、CSDDDはあくまでも企業行動の規律を対象とするものであり、強制労働によって製造された製品そのものを市場から排除するという直接的な制度的仕組みは、従来のEU法には存在しませんでした。
こうした制度的空白を埋めるべく制定されたのが、EU強制労働製品禁止規則(Regulation (EU) 2024/3015 of the European Parliament and of the Council of 27 November 2024 on prohibiting products made with forced labour on the Union market、以下「本規則」又は「FLR」といいます。)です。本規則は2024年12月12日にEU官報(OJ L, 2024/3015)に掲載され、翌12月13日に発効しました。完全適用開始は2027年12月14日とされており、EU加盟国全域で直接適用される規則(Regulation)として、国内実施立法を必要とせず、そのまま法的効力を持ちます。
本規則が持つ意義は、セクター横断的に強制労働による製品の市場流通を包括的に禁止する初の規則として、EU市場へのアクセスを条件として、グローバルサプライチェーン全体における強制労働の撲滅を目指す点にあります。なお、関連する先行制度としてEU公共調達規制、制裁規制、EU紛争鉱物規則等は存在していましたが、これらはいずれも特定の文脈・セクター・鉱物に限定されており、本規則のような業種・原産地・規模を問わない包括的な製品ベースの禁止は本規則をもって初めて実現したものです。
本規則の制度的位置づけ ― EUサプライチェーン規制パッケージの中での役割
本規則は、単独で理解されるべき制度ではなく、EUが近年整備してきた一連のサプライチェーン及び持続可能性関連法制の中に位置づけられる必要があります。具体的には、CSDDD、EU森林破壊防止規則(EUDR)、EU紛争鉱物規則、EUバッテリー規則などと並び、EUの「サプライチェーン透明化・デュー・ディリジェンス規制パッケージ」を構成しています。
これら一連の規制との関係において、本規則が持つ特徴は次の点に集約されます。第一に、適用対象が業種・製品種類・企業規模を問わず、全ての製品・全ての事業者に及ぶという普遍的な射程を有している点です。EUDRが特定の農産品を、EU紛争鉱物規則が特定の鉱物を対象とするのとは対照的に、FLRはあらゆる製品とその構成部品が対象となります。第二に、CSDDDが企業の行動規範及び手続義務を定めるいわば事前規制(ex ante)であるのに対し、本規則は強制労働製品の市場流通という結果を直接禁止する事後的排除措置(ex post)であるという、規制の性質上の違いです。両者は独立して機能しますが、相互補完的な関係にあります。
また注目すべきは、CSDDD及び企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が欧州委員会のOmnibusⅠ(規制簡素化)パッケージの対象となり、対象範囲や適用スケジュールの見直しが検討されているのに対し、FLRはこうした見直しの対象外とされている点です。本規則は適用開始時期に変更なく2027年12月14日の完全適用に向けて粛々と準備が進められています。
禁止の対象 ― 「強制労働製品」概念の広範な射程
(1)強制労働の定義
本規則における「強制労働」とは、国際労働機関(ILO)第29号条約の定義に準拠しており、暴力・脅迫・借金漬け・身分証明書の没収・出入国当局への通報の脅しなど、何らかのペナルティの脅威のもとに強いられ、かつ本人の自由意思によらない全ての労働又はサービスを指します(Article 2(1))。なお、徴兵制に基づく軍事的労務や司法判決に基づく刑務作業は適用除外とされています。国家によって組織的に強いられる強制労働(State-Imposed Forced Labour、以下「SIFL」といいます。)も当然に含まれます。
(2)対象製品の無限定性と「市場流通行為」という規制トリガー
本規則の最大の特徴の一つが、対象製品の広範さです。業種・原産地・国内生産か輸入品かを問わず、EU市場において「上市(placing on the market)」される若しくは「市場で入手可能にされること(making available on the market)」、又はEU市場から「輸出」される全ての製品及びその構成部品が対象となります(Article 3)。製造・収穫・採掘・加工のいずれの工程においても強制労働が使用されていた場合に適用されます。
ここで重要なのは、本規則の規制トリガーが上市、市場での入手可能、又は輸出という「市場流通行為」であるという点です。「placing on the market」とはEU域内における製品の初回供給行為を指し、「making available on the market」は流通・消費・使用のためにEU市場で製品を供給する行為を広く含みます。また、EUからの輸出も禁止対象に含まれる点は本規則の特徴的な側面であり、EUを加工・組立拠点として活用している場合にも適用されることを意味します。
なお、輸送サービスの提供は対象外とされていますが、サービス単体が対象外とされているのであって、製品の製造過程に組み込まれたサービス的要素については製品全体の評価の一部として考慮される余地があります。
オンライン販売を含む通信販売についても、EU域内の消費者を対象とする取引である場合には本規則の適用対象となります。このことは、EUに物理的な拠点を持たない企業であっても、EU域内のエンドユーザーに対してオンラインで製品を販売している場合には本規則の適用を免れないことを意味します。
(3)一部の工程・部品に強制労働が含まれる場合と是正の可能性
製品の一部の工程又は一部の構成部品についてのみ強制労働が使用された場合であっても、製品全体が禁止の対象となり得ます。最終製品が精巧な完成品であったとしても、そのサプライチェーンの上流に強制労働の痕跡があれば、本規則上の禁止を受ける可能性があるという構造です。
ただし、本規則は単純な事業者によるリスク特定、防止又は是正の取組みを無視して機械的に禁止決定を行う制度ではありません。事業者が当該リスクを自ら特定し、適切な是正措置(remediation)を講じた場合には、最終的な禁止決定に至らない可能性があります。調査当局は、事業者が強制労働リスクをどの程度特定・防止・是正したかを評価要素として考慮することが明示されており、継続的な改善の取組みも評価対象となります。このことは、本規則への対応が単なる違反の回避ではなく、サプライチェーン全体にわたるリスク管理の継続的な実践を意味することを示しています。
適用対象となる事業者 ― 中小企業を含む全ての事業者
(1)事業者概念の無限定性
本規則における「事業者(economic operator)」とは、EU市場で製品を上市・市場入手可能、販売又は輸出する全ての自然人・法人・団体を指します(Article 2(9))。CSDDDが一定規模以上の大企業のみを対象とするのとは根本的に異なり、FLRは中小企業(SME)を含む全ての事業者に適用されます。ただし、執行の場面ではリスクベースのアプローチが採用されており、事業者の規模・経済的資源・製品の量・強制労働の規模等が考慮されます。
(2)EU域外企業への域外適用
本規則はEU加盟国企業のみを対象とするものではありません。EUへの製品の上市、輸入・販売・輸出を行う全ての非EU企業も対象となります。すなわち、日本企業が自社製品を直接EU市場に輸出・販売する場合はもちろん、EU域内のビジネスパートナーを通じてEU市場に製品が流通する場合であっても、本規則の間接的な影響下に置かれることになります。
(3)ホイッスルブロワー保護枠組みとの連携
本規則は、EU内部告発者保護指令(Directive (EU) 2019/1937)の附属書に本規則違反を追加することで、強制労働違反の疑いを通報する内部告発者に対する保護の適用対象を拡張しています(Article 36)。これにより、強制労働に関する内部情報が告発される法的環境が整備されたことになり、企業のコンプライアンス管理の観点からも看過できない意義を持ちます。
調査・執行の仕組み ― リスクベースの二段階調査手続
(1)管轄の区分
本規則の執行機関は、強制労働が疑われる場所によって異なります。強制労働がEU域外において行われていると疑われる場合には欧州委員会が調査の主導権を持ち、EU加盟国内において行われていると疑われる場合には当該加盟国の担当当局(Competent Authority)が主導します(Article 5)。各加盟国は2025年12月14日までに担当当局を指定・通知する義務を負い、その情報は「Forced Labour Single Portal」に公開されます。
(2)リスクベースアプローチの考慮要素
担当当局は調査の優先度を判断するにあたり、リスクベースアプローチを採用しています。具体的には、強制労働の規模及び深刻さ(SIFLであるかどうかを含む)、EU市場における製品の量・規模、最終製品に占める問題部分の割合、事業者の規模及び経済的資源等が考慮されます。調査の情報源としては、NGO・国際機関・内部告発者・企業提出資料・サプライチェーンデータ・過去の不遵守事例等、多様な情報が活用されます。
(3)二段階調査手続と立証構造
調査手続は以下の二段階から構成されます。
まず予備的審査(Preliminary Phase)として、担当当局はステークホルダーから寄せられた情報・リスク指標・ILO等国際機関の報告書・NGO報告等に基づき、違反の可能性を評価します。この段階において疑いが生じた場合、当局は対象事業者に対し、強制労働リスクの特定・防止・是正に向けてとった措置に関する情報の提出を求めます(Article 17)。事業者には原則として30営業日以内の回答期限が与えられます。
当局が「実質的懸念(substantiated concern)」、すなわち製品が強制労働によって製造された蓋然性を示す合理的・客観的・検証可能な情報が存在すると判断した場合には、正式な調査(Investigation)が開始されます(Article 18)。この段階では、担当当局は調査の範囲及び理由を対象事業者に通知し、事業者は追加的な書類及び情報を提出する機会が与えられます。例外的な場合には、現地調査も実施されます。
本規則の立証構造について、形式上は当局が立証責任を負い、製品が強制労働によって製造されたことを立証する義務を負います(Article 20 (1)(3)(4)参照)。しかし実務上は、事業者による情報提供が調査の帰趨を大きく左右します。調査への非協力や不正確な情報提供は、当局による不利な評価につながり得ます(Article 20 (2))。すなわち、立証責任は当局にありながらも、企業の積極的な協力と正確な情報開示が、実質的に調査の結論を左右する構造となっています。
(4)一旦下された決定のEU全域効力
調査の結果、製品が強制労働によって製造されたと結論付けられた場合、主担当当局は当該製品のEU市場への上市及び市場での入手可能化を禁止し、市場からの撤回・廃棄を命じ、他の担当当局及び税関当局に通知します(Article 20(7)及びArticle 23以下参照)。加盟国の担当当局が下した禁止決定は他の加盟国においても承認・執行されます(Article 20(8))。すなわち、ある加盟国で下された一つの禁止決定が、EU全域における製品の販売禁止につながるという制度構造です。
(5)廃棄義務の内容
廃棄に関しては、原則としてリサイクル又は使用不能化が義務付けられます(Article 25)。腐敗しやすい製品については、例外的に慈善目的又は公益目的への転用が認められる場合があります。製品の廃棄費用は基本的に事業者が負担することになります。
デュー・ディリジェンスの位置づけ ― 法的義務ではないが実質的に重要な防御要素
本規則はその条文上、CSDDDに基づく義務を超える新たなデュー・ディリジェンス義務を課すものではないことを明示しています(Article 1(3))。本規則の責任構造は、企業に行動義務を課すのではなく、当局が主体となって違反を立証するというものです。
しかしながら、デュー・ディリジェンスは調査の優先順位付けや最終的な判断に影響を与える重要な防御要素として機能します。本規則は、担当当局が調査の開始及び決定を判断するにあたり、事業者が実施したデュー・ディリジェンスの状況を考慮要素として明示しており(Articles 2(3)、11参照)、適切なデュー・ディリジェンスの実施は調査の優先度を下げ、あるいは是正の証拠として最終判断に反映される可能性があります。ただし、デュー・ディリジェンスの実施それ自体が免責要件となるものではなく、強制労働の事実が認定された場合に自動的に制裁を回避できるものでもありません。実質的にデュー・ディリジェンスはサプライチェーンコンプライアンスの不可欠な要素ではありますが、その効果については過大評価を避ける必要があります。
欧州委員会によるガイドライン及びリスクデータベース
(1)2026年6月14日のガイドライン公表義務
欧州委員会は2026年6月14日までに、本規則の実施に関するガイドライン(Article 11)を公表することが義務付けられています。このガイドラインは、担当当局向け(リスク指標・ペナルティの算定基準・証拠水準等)、事業者向け(デュー・ディリジェンスの実施プロセス・ベストプラクティス等)及び市民社会・ステークホルダー向け(情報提出手続等)の三つのパッケージで構成される予定です。SMEに対する特別な配慮も盛り込まれる見込みです。
(2)強制労働リスクデータベース
欧州委員会は、同じく2026年6月14日までに、地域及び製品カテゴリーごとの強制労働リスクに関する証拠に基づいた公開データベースを、EU機関の全ての公用語で利用できるよう整備します(Article 8)。このデータベースはFLRの執行における優先付けのための重要なツールとなりますが、同時に事業者がリスクの高い調達先を特定・回避するための実務的な指針ともなります。データベースの具体的な記載内容は今後の実施段階において確定しますが、個別事業者の違反認定リストそのものではなく、地域・製品カテゴリーごとのリスク情報が中心になると考えられます。
他のEU規制との連動と相互補完性
(1)CSDDDとの関係
CSDDDは企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する事前義務(ex ante obligation)を定めるのに対し、本規則は強制労働製品の市場流通という結果を直接禁止する事後的排除措置(ex post measure)です。両規制は独立して機能しますが、CSDDDに基づくデュー・ディリジェンスの適切な実施はFLRコンプライアンスにも直接貢献します。ただし、CSDDDが大企業を対象とするのに対し、FLRは中小企業にも適用される点で射程が広く、FLRへの独立した対応が必要です。
なお、CSDDDについては欧州委員会のOmnibusⅠパッケージにより改正及び簡素化され、改正版が2026年3月18日に発行しました。これに基づき、EU企業については、従業員5,000人超かつ売上高15億ユーロ超、非EU企業についてははEU域内純売上高15億ユーロ超が主な適用基準とされ、加盟国法の適用開始は2029年7月からとされています。これに対し、FLRはOmnibusパッケージの対象外であり、2027年12月14日の完全適用に変更はありません。
(2)米国UFLPA及び他国の強制労働規制との比較
本規則は、米国のウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labour Prevention Act、以下「UFLPA」といいます。)と目的を同じくしながらも、アプローチが根本的に異なります。UFLPAは新疆ウイグル自治区を原産とする製品について強制労働が使用されたとの反証可能な推定を設けており、企業側が強制労働が使用されていないことを立証しなければなりません。これに対し、FLRは当局が立証責任を負い、製品が強制労働によって製造されたことを当局側が立証する構造です。ただし、既述のとおり、実務上は企業の積極的な情報開示・協力が結論を左右するという点で、両制度における企業の実質的な対応負荷は大きく異なるものではないともいえます。日本企業にとっては、UFLPAと並行してFLRへの対応が求められる場面が多くなると予想されます。
おわりに
本規則は、単なるESG規制の一環ではなく、EU市場へのアクセスそのものを条件とする、事業継続に直結した規制です。特に重要なのは、本規則が業種・企業規模・製品種類を問わず普遍的に適用される点、及び製品の一部の工程・部品に強制労働が含まれるだけで製品全体がEU市場から排除される可能性がある点です。2027年12月の完全適用開始まであと一年半余りという状況において、日本企業がとるべき実務的対応として以下が挙げられます。
(a) サプライチェーンの可視化:原材料・中間財レベルまでのサプライヤーマッピングを実施し、高リスク地域・業種・原材料を特定すること
(b) デュー・ディリジェンス体制の整備:ILO指標・OECDガイダンス・UNGPsに準拠した強制労働リスクのアセスメント・モニタリング体制を構築すること
(c) サプライヤー契約の見直し:強制労働禁止条項・当局調査への協力義務・是正措置の実施義務・製品回収コストの配分条項を契約に盛り込むこと
(d) 証拠書類の整備と保存:調査が開始された際に提出可能な記録(監査報告書・リスクアセスメント書類・是正措置の証拠等)を平時から蓄積すること
(e) 2026年6月公表予定のガイドライン及びリスクデータベースの注視:欧州委員会が公表する実施指針・高リスク地域・製品リストを自社のコンプライアンス体制に迅速に反映させること
CSDDDやCSRDへの対応として構築及び見直しを進める人権デュー・ディリジェンス及び情報管理体制は、FLR対応にも有効に機能します。これらを統合的に整備することで、対応コストの効率化が図られます。EU市場を主要な販路とする日本企業においては、2027年12月を見据えた早期の体制整備が急務です。
問い合わせ先:brussels@tmi.gr.jp