はじめに
炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism。以下「CBAM」といいます。)は、Regulation (EU) 2023/956 (https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:02023R0956-20251020)に基づき、EUへの一定の輸入品について、製造時の排出量に応じた炭素コストを求める仕組みです。2026年1月1日の本格適用開始を受け、欧州委員会は、移行期間で得られた情報と2025年末に整備された下位法令を実務に落とし込むため、2026年夏以降、排出量の計算、第三者による確認、CBAM Registry(申告・証書・排出量・検証情報を管理するEUの電子システム)の利用方法に関する資料を相次いで公表しています。特に同年8月には、EU域外の工場向けガイダンス、検証・認定ガイダンス及び検証機関(排出量データを第三者として確認する機関)のRegistryアクセス手続が公表され、初回年次申告に向けた実務フローが具体化しました。
CBAMは、鉄鋼、アルミニウム、セメント等の一定の製品をEUに輸入する際、その製品の製造過程で排出された温室効果ガス(「内包排出量」)に応じた炭素コストを負担させる制度となっています。EU域内生産者はEU排出量取引制度(EU ETS)により炭素コストを負担しているため、輸入品にもこれに相当する負担を求めることで、EU域内外の競争条件を調整し、生産が炭素規制の緩い国・地域へ移転する「カーボンリーケージ」を防止することを目的としています。
CBAMは、EUのサステナビリティ関連規制の中でも、特に製造業、商社、素材・エネルギー関連企業にとって重要性の高い規制として、日系企業から継続的に高い関心を集めています。2026年の本格適用開始により、CBAMは、将来の規制動向としての関心の対象から、実際の炭素コスト、排出量データの収集・検証、契約対応等を伴う具体的なコスト・コンプライアンス対応の対象へと移行しました。CBAM証書の購入・償却や年次申告等の法定義務は、原則としてEU域内の輸入者等が「認可CBAM申告者(authorised CBAM declarant)」として負いますが、デフォルト値ではなく実際の排出量を用いるには、EU域外の生産設備における排出データと第三者検証が必要となります。このため、日本の製造拠点・商社・本社機能も、EU輸入者に対する情報提供、契約、原価管理及び設備投資判断を通じて制度の影響を直接受けることとなります。2026年は最初の金銭負担対象年であり、2027年9月30日の初回申告を待って準備を始めるのでは遅いため、早期に工場・本社・EU側の担当者の役割や期限を確認する必要があります。
本稿は、2026年8月31日までに公表されたEU法令及び欧州委員会資料に基づき、特に2026年8月に公表された算定・検証ガイダンスを踏まえて、日系企業の実務対応を整理するものです。
CBAMの制度概要
(1) 対象品目と義務主体
CBAMの対象品目は、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素及びこれらに関連する一定の製品となります。具体的に適用対象となるかは、製品の一般名称ではなく、Regulation (EU) 2023/956のAnnex Iに列挙されたCNコード(EUの関税分類コード)と原産地等により判定されます。鉄鋼、アルミニウム、セメント及び肥料については、一輸入者当たり年間合計50トン(正味重量)の単一閾値が設けられました。50トンを超えると、その年に50トンに達する前に輸入した分も含め、同じ年の対象輸入全体についてCBAMの義務が生じます。電力及び水素にはこの免除がなく、数量にかかわらず認可CBAM申告者による対応が必要となります。
原則として、EU域内の輸入者又は輸入者から選任され、認可CBAM申告者として代理で通関手続をすることに同意した間接通関代理人が、認可CBAM申告者となり、認可申請、CBAM口座番号の取得、年次申告及び証書償却を担うことになります。また、EU域外の生産者自身が通常申告者となるわけではありませんが、実測値を使う場合の算定・証拠・検証は生産設備側で整備し、EU側に必要な情報を提供する必要があることとなります。
(2) 規制の仕組み
認可CBAM申告者は、前年に係る輸入数量、原産国、生産設備及び内包排出量を毎年9月30日までに年次申告し、当該排出量に対応するCBAM証書を償却(surrender:購入済みの証書をEU当局に返納し、輸入品の排出量分の炭素コストを精算すること)します。証書価格はEU ETSオークション価格に連動し、2026年輸入分には輸入四半期の平均価格を用い、2027年以降の輸入分には週次価格が適用されます。償却数は、EU ETSの無償割当相当分及び第三国で実際に支払われた炭素価格等を反映して調整されます。第三国炭素価格は、リベート等による減額後の実効額が対象であり、排出量にデフォルト値を用いる場合は、利用可能な年次デフォルト炭素価格に基づく控除に限られます。
排出量は、品目ごとの要件に従い、欧州委員会のデフォルト値又は実測値により算定します。本稿の「実測値」は、実際の生産データに基づく算定値を指し、排ガス等の直接測定値に限りません。実測値を用いる場合、Commission Implementing Regulation (EU) 2025/2547に従ったモニタリングと、認定検証機関による検証が必要となります。Regulation (EU) 2025/2083による改正後、検証は実測値に限られ、デフォルト値を用いる場合には不要です。現行制度では、Annex IIに掲げる鉄鋼・アルミニウム製品及び水素は原則として直接排出のみを、それ以外の対象品目(電力を除く)は直接排出と間接排出を対象とします。輸入電力は発電に伴う直接排出を基礎に算定し、原則としてデフォルト値を用います。また、間接排出に実測値を用いるには、所定の直接技術的接続又はPPA等の要件を満たす必要があります。企業のGHGプロトコル上のScope 1・2(自社で直接出す排出・購入電力などに伴う排出)や製品LCA(製品のライフサイクル全体の評価)は参考になりますが、そのままCBAM用データとして転用できるわけではありません。
(3) 適用スケジュール
2026年8月に公表された一連のガイダンスは、法令上の要件を、EU域外工場、検証機関、EU輸入者が実際に運用するための手順へ具体化したものです。特に、①実測値に対する認定検証機関の合理的保証、②設備訪問を含む検証手続、③9月1日からの検証機関のRegistry登録・アクセスと2027年1月から予定されるRegistry上での検証報告書発行が明確化されております。
| 時期 | 制度上の節目 | 日系企業への意味 |
| 2023年10月1日~2025年12月31日 | 移行期間:四半期報告のみ。証書負担なし | 報告実績・データギャップを本格適用の統制へ移行 |
| 2026年1月1日 | 本格適用開始。対象輸入には、認可CBAM申告者による年次申告と証書対応が必要 | 2026年輸入分の数量・対応する生産期間の排出データが初回の金銭負担の基礎となる |
| 2026年9月1日~ | 検証機関のCBAM Registry登録・アクセス開始(認定後2か月以内に登録申請) | 2026年データの検証計画・設備訪問を具体化。加盟国所管当局(NCA)による認定確認後にアクセスし、2027年1月からRegistry上で検証報告書を発行可能となる予定 |
| 2027年2月1日 | 共通中央プラットフォームで証書販売開始 | 2026年輸入分の証書購入・資金手当を開始 |
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2027年9月30日 |
2026年分の初回年次申告・証書償却 |
実測値・検証報告・前駆体データの初回提出・償却期限 |
| 2026~2034年 | EU ETS無償割当の縮小に対応して無償割当相当の調整が段階的に縮小 | 中長期の製品採算・脱炭素投資判断に反映 |
チェックポイント|自社は50トン免除の対象か否か?
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近時のアップデート
(1) 簡素化規則による本格適用ルールの確定
Regulation (EU) 2025/2083は、電力・水素を除くCBAM対象品目に対する単一の50トン閾値、初回年次申告・証書償却期限(2027年9月30日)、2027年以降の各四半期末の証書保有水準(原則として、所定の算定方法と無償割当調整に基づく年初来輸入分の内包排出量の少なくとも50%)等を確定しました。証書販売は2027年2月1日に開始され、2026年輸入分も2027年に購入・償却する仕組みとなっています。したがって、資金流出は2027年から本格化する一方、費用を決める活動データは既に2026年中に発生しています。
(2) 算定方法、デフォルト値及び域外事業者向けガイダンス
Commission Implementing Regulation (EU) 2025/2547は、設備単位のモニタリングから生産プロセスへの配賦、製品別排出原単位の算定までを定めました。実測値を用いる域外設備のオペレーターは、システム境界、排出源・燃料流、計測、前駆体、熱・電力、データ欠損時の保守的補完及び内部統制を含むモニタリング計画を整備する必要があります。同一設備・同一製品の複数生産ルートや、同一CNコードで異なる供給設備等に由来する前駆体には、原則として所定の加重平均を用い、購入前駆体の実測値を用いるためにはその前駆体についても検証済みデータが必要となります。
デフォルト値はCommission Implementing Regulation (EU) 2025/2621で設定され、2026年7月31日に公表されたImplementing Regulation (EU) 2026/1740により一部が訂正されました。欧州委員会は8月10日に訂正版データを、8月14日には、総論、域外オペレーター向けクイックガイド、算定方法、無償割当調整及び六分野別の計10冊のガイダンスを公表しています。固定したデフォルト値を社内システムに手入力している企業は、法令版・適用年・更新履歴を管理することが適切と考えられます。
2026年7月~8月の主要公表物
| 公表日 | 法令・資料 | 実務上のポイント |
| 2026年7月31日(公表) | Implementing Regulation (EU) 2026/1740 | 一部デフォルト値を訂正。8月10日に訂正版Excel公表 |
| 2026年8月14日 | 域外設備オペレーター向けガイダンス No.1-4, 5a-5f | 総論、算定、無償割当調整、6分野別の生産ルート・報告を詳説 |
| 2026年8月24日 | 検証・認定ガイダンス | 合理的保証、重要性、設備訪問、独立レビュー、報告書を具体化。実測値利用に必要な検証を設備単位で実施 |
| 2026年8月28日 | 検証機関のRegistryアクセス手続 | 2026年9月1日からのアクセスと関係者の役割を明示。認定後2か月以内にNCAへ登録申請し、認定確認後にアクセス |
| チェックポイント|排出量の算定方法──実測値を使うか、EU既定値を使うか? CBAM証書の必要枚数は、輸入品の製造時に排出された対象温室効果ガスの量(CO₂換算)に、無償割当及び第三国炭素価格の調整を反映して決定されます。排出量の算定方法には次の2つがありますが、電力や間接排出の実測値利用には追加要件があります。
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(3) 第三者検証の具体化
Commission Implementing Regulation (EU) 2025/2546及びCommission Delegated Regulation (EU) 2025/2551により、検証原則と認定要件が整備されました。欧州委員会の2026年8月24日付ガイダンスは、合理的保証、重要な虚偽表示・不適合、設備訪問、独立レビュー及び検証報告の実務を詳述しています。実測値を用いる場合は認定検証機関の肯定的な意見が必要であり、検証不能又は否定的意見の場合、輸入者は原則としてデフォルト値に依拠することになります。
設備訪問は原則として物理的に行われ、バーチャル訪問又は免除には過年度の物理訪問等の厳格な条件があります。EU域外の検証会社も、CBAMの認定サービスを提供し、域外申請を受け付けるEU加盟国の国家認定機関へ申請することができますが、認定分野はセクター別です。また、2026年8月28日のアクセス手続により、検証機関は認定後2か月以内(ただし9月1日より前は不可)に、認定を行った国家認定機関(NAB)が所在する加盟国の所管当局(NCA)へ、O3CI portalを通じてRegistry登録を申請し、NCAによる認定確認後にアクセスを得る流れが示されました。登録後、検証機関は域外設備事業者の排出データ及び証憑を確認し、2027年1月以降、設備ごとの検証報告書をRegistry上で発行可能となる予定です。設備側は、年末後の一括対応ではなく、モニタリング計画、計量器・校正、配賦、データ欠損、前駆体及び是正記録を検証可能な証拠チェーンとして整備する必要があります。
(4) 未成立の制度拡張
欧州委員会のCOM(2025) 989は、鉄鋼・アルミニウム集約型の川下製品への対象拡張、プレコンシューマー(金属製品の製造工程で発生する)金属スクラップの扱いの見直し等による迂回防止及び電力輸入ルールの見直しを提案しています。理事会は2026年6月12日に一般方針を採択しましたが、欧州議会では7月に担当委員会の報告書が本会議に提出されたものの、2026年8月31日現在、欧州議会の立場はまだ採択されておらず、現行法とは区別して理解する必要があります。また、第三国で支払った炭素価格の控除方法に関する実施規則も最終採択前です。もっとも、長期契約、設備投資及び製品設計では、対象拡張の可能性を踏まえた影響分析を行う必要があります。
関連する産業への影響
(1) 取引条件
CBAMの実測値は、企業全体の排出量ではなく、特定設備・生産プロセス・CNコード・生産期間に対応する排出原単位です。低炭素設備であっても、原料・前駆体の由来、配賦ロジック、計測証拠又は検証が不十分であれば、その優位性をCBAMコストに反映することはできません。逆に、デフォルト値を下回ることを検証できる企業は、EU顧客の証書負担を減らし、価格・調達交渉上の優位を得る可能性があります。
| 分野 | 特に確認すべきデータ・工程 |
| 鉄鋼 | 高炉・転炉、DRI/HBI、電炉等のルート。銑鉄、DRI、フェロアロイ、粗鋼等の前駆体、供給元設備及び検証 |
| アルミニウム | 一次製錬の陽極効果に伴うPFC、二次溶解、未加工アルミニウム等の前駆体。現行は原則直接排出 |
| 肥料 | アンモニア・水素、硝酸工程のN2O、尿素工程に移送されるCO2、電力由来間接排出及び窒素含有量 |
| 水素 | 改質・部分酸化、電解等の生産ルート。現行Annex II上は原則直接排出のみを算入 |
| 電力 | 輸入電力に実測値を用いる場合:認可CBAM申告者と域外発電者間の電力購入契約(PPA)、EU送電系統への直接接続又は輸出時の物理的混雑がないこと、化石燃料由来550g-CO2/kWh以下、発電と同じ1時間以内の期間に対応する連系容量の確定指名、認定検証機関による確認・月次中間報告等の累積要件 |
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チェックポイント|自社のESG排出データはそのままCBAMに使えるか? 多くの企業はすでにESG報告の一環として自社のCO₂排出量を算定しています。しかし、ESG報告用のデータとCBAM報告用のデータは計算のルールが異なるため、そのまま流用できないことがあります。
対応事項:
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(2) EU子会社・取引先及び契約への波及
EU子会社が輸入者兼認可CBAM申告者である場合、認可、CNコード・50トン閾値、通関データ、申告及び証書購入は現地法人の責任となります。他方、実測値を使う場合、日本側は設備データ、モニタリング計画、検証対応及び前駆体情報の整備を担うことが想定されます。独立輸入者を利用する場合も、法令に従って当該輸入者等が申告義務を負う一方、情報提供の不備に伴うデフォルト値との差額、納期遅延又は取引停止が契約上日本側へ転嫁され得ます。
供給契約には、データ形式・提出期限、算定方法、検証機関の設備訪問、前駆体供給者への遡及、製造工程変更の通知、データの秘密保持・利用目的・アクセス権限、第三国炭素価格の証拠、デフォルト値適用時の追加費用の負担、誤データの訂正・補償と責任上限、記録保存期間、監査権及び制度改正時の価格再協議を具体的に定めることが望まれます。
日系企業における実務対応
対象取引と責任主体の特定:CBAM対応の起点は、EU向け製品と商流を、申告主体であるEU輸入者の単位まで可視化することにあります。EU向けSKUをCNコード、原産国、生産設備、輸入者及び通関代理人ごとに整理し、50トン閾値の判定、認可CBAM申告者の有無並びに日本本社・工場・EU子会社の役割を確認する必要があります。製品コード、輸入主体又は商流の変更時に再判定できる管理手順を設けることが重要です。
データ統制と第三者検証の準備:実測値を用いる可能性がある工場では、一般的なESG集計とは別に、CBAMのシステム境界と報告期間に沿ったデータ統制を整備する必要があるものと考えられます。また、設備境界、燃料・原料、計量器、排出係数、生産量、前駆体、熱・電力、配賦及び欠損補完をCBAM台帳で一貫管理し、承認者と変更履歴を残すことが推奨されます。併せて、検証機関の認定分野、設備訪問時期、校正記録、内部統制及び前駆体供給者から取得すべき証拠を早期に点検し、年度末に検証不能となる事態を避ける必要があります。
炭素コストの予算化:実測値とデフォルト値の選択は、証書削減効果とデータ整備・検証費用を比較する事業判断となります。証書価格、無償割当調整、第三国炭素価格、輸入量及び両算定方法の差を複数シナリオで試算し、2027年以降の証書購入と運転資金を予算に反映する必要があります。内部炭素価格は単一値に固定せず、ベース、価格上振れ及びデフォルト値適用のストレスケースを併置することが実務的です。
契約・グループ連携と規制モニタリング:申告義務がEU輸入者にあっても、日本側の情報提供義務や追加コストは契約を通じて波及し得ます。本社、工場、EU子会社、商社、通関代理人及び顧客との間で、データ提出期限、算定方法、設備訪問、監査、秘密保持、追加費用、補償及び法改正時の再協議を明文化することが望まれます。また、デフォルト値・ベンチマーク、第三国炭素価格ルール、対象拡張案及び加盟国当局の運用を継続的に監視し、変更を台帳、契約及び予算へ速やかに反映する体制を整備すべきです。
| 分野 | 特に確認すべきデータ・工程 |
| 対象・役割 | CNコード、設備、商流、輸入者及び50トン閾値を確認 |
| データ・検証 | CBAM台帳、前駆体証拠、校正記録及び設備訪問を整備 |
| 財務 | 実測値/デフォルト値と証書価格をシナリオ試算 |
| 契約・モニタリング | 責任分担・費用条項を明文化し、制度改正を継続監視 |
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チェックポイント|2026年内の優先順位
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なお、2026年第1・第2四半期のCBAM証書公表価格は、それぞれ75.36ユーロ、75.28ユーロ/t-CO2です。CBAMの負担額は固定税率ではなく、2027年以降の輸入分では週次の証書価格、無償割当調整、実際に支払われた第三国炭素価格及び輸入量により変動します。内部炭素価格は単一値に固定せず、ベース、上振れ及びデフォルト値適用のシナリオを併置することが実務上適切と考えられます。
PPWR・CRAとの規制上の関係
CBAM、EU包装・包装廃棄物規則(PPWR)及びEUサイバーレジリエンス法(CRA)には、相互の申告を代替する制度や単一のデューディリジェンス様式はありません。もっとも、各規制の適用範囲・適用時期・事業者の役割に応じて、製品・工程情報や証拠を管理する必要がある点は共通します。役割判定、台帳、文書管理、変更通知及び記録保存を共通化し、必要な情報提供義務や監査権を契約で確保することが実務上有用です。PPWRは原則2026年8月12日から適用されていますが、一部要件は段階的に適用されます。CRAは原則2027年12月11日から適用される一方で、製造者の報告義務(第14条)は2026年9月11日から先行適用されています。
| 規制 | 主要な管理データ(今後の適用分を含む) | 共通基盤への接続 |
| CBAM | 設備、CNコード、生産ルート、前駆体、排出量、検証 | 製品・供給者・工場・取引先マスター、証拠保管、変更通知 |
| PPWR | 包装BOM、素材、重量、再生材、役割、EPR | 同上。包装単位と販売国・チャネルを追加 |
| CRA | 製品台帳、SBOM、バージョン、脆弱性、サポート期間 | 同上。製品構成・ソフトウェア版・インシデント履歴を追加 |
具体的には、三つの規制データを共通の製品・供給者・工場マスターに関連付ける設計が有効と考えられます。ただし、対象単位、算定目的及び証拠基準は異なるため、データを一つに混在させるのではなく、相互参照可能な三つの規制台帳として管理する方法が考えられます。サプライヤー契約の情報提供・変更通知・監査条項は、各規制上の義務と契約上追加する事項を区別して横断的に設計し、EU現地法人への窓口を一本化することが実務上有益と考えられます。
※PPWR及びCRAについては、以下の別稿も併せてご覧ください。
「EU包装・包装廃棄物規則(Packaging and Packaging Waste Regulation、Regulation (EU) 2025/40)(PPWR)の概要と実務対応のポイント(アップデート)」
「EUサイバーレジリエンス法(Cyber Resilience Act, Regulation (EU) 2024/2847)(CRA)の最新動向と日本企業の実務対応のポイント(アップデート)」
おわりに
CBAMは既に本格適用段階にあり、2026年輸入分の数量と対応する生産期間の排出データが初回の金銭負担を決定します。2026年8月の一連のガイダンスにより、域外設備のモニタリング、前駆体データ、第三者検証及びRegistry連携の実務像は大幅に具体化しました。他方、第三国炭素価格の控除方法に関する実施規則や川下製品への対象拡張はなお進行中であり、法令版管理と継続的なモニタリングが不可欠です。
日系企業にとっての要点は、CBAMをEU輸入者のみの通関・税務問題として捉えないことにあります。製造データの品質、検証可能性、契約上の役割分担及び炭素コストの可視化は、EU市場アクセスと競争力そのものに直結するものと考えられます。早期に実測値の利用可能性を確保し、低炭素投資を価格・調達条件へ反映できる体制を構築することが求められます。
| 結論|CBAM対応の起点 「誰が申告するか」だけでなく、「どの設備・生産期間・前駆体データを、誰が、いつ、どの検証機関により証明するか」を確定することにあります。2026年輸入分に用いる排出データの検証可能性を今から確保することが、2027年の市場アクセス、証書コスト及び顧客交渉を左右し得ます。 |