はじめに
フランスでは、一定の企業について、事業又は会社の売却に際し、従業員に対して事前に売却の予定を知らせ、従業員自身が買収提案を行う機会を与える制度が設けられています。この制度は、2014年7月31日付の社会的連帯経済に関する法律(法律第2014-856号、いわゆる「アモン法」)により導入されたものです。
2026年5月26日付法律第2026-403号(以下「2026年改正法」といいます。)により、この制度が見直されました。
主な変更点として、従業員への直接の情報提供が必要となる場合の情報提供の期限(売却前の待機期間)が従来の2か月から1か月に短縮されたほか、50人以上の企業で、所定の情報提供・協議権限を有する社会経済委員会(以下「CSE」といいます。)が設置されている場合には、従業員への直接の情報提供が不要となりました。また、情報提供義務違反について課され得る民事制裁金の上限も、売却価格の2%から0.5%へと引き下げられています。
本稿では、従来の制度を簡単に振り返った上で、2026年改正の内容及びフランス企業のM&A実務への影響について解説します。
従来のアモン法による従業員への情報提供制度
(1)制度の目的及び対象取引
アモン法により導入された制度は、企業又は事業の売却に際して従業員にその予定を知らせ、従業員が希望する場合には自ら買収提案を行う機会を確保することを目的としています。
対象となるのは、主として以下の取引です。
- fonds de commerce(営業・事業)の売却
- SARLの持分の50%超の売却
- 株式会社(SA)又は単純型株式会社(SAS)等について、その資本の過半数を取得させる株式又は有価証券の売却
ただし、この制度によって従業員に会社又は事業を優先的に買収する権利が与えられるわけではありません。従業員には買収提案を行う機会が与えられるにとどまり、先買権や売却に対する拒否権が認められるものではありません。
また、原則として、売却価格、財務情報その他の内部資料まで従業員に開示することが求められるわけでもありません。これらの基本的な点は、2026年改正後も変更されていません。
(2)改正前の制度
改正前は、50人未満の企業は原則として制度の対象とされ、50人以上の企業は、中小企業(PME)に該当する場合に限り対象とされていました。
ここでいうPMEとは、従業員数が250人未満であり、かつ、年間売上高が5,000万ユーロ以下又は年間貸借対照表総額が4,300万ユーロ以下の企業をいいます(2008年12月18日付デクレ第2008-1354号)。
従業員への直接の情報提供が必要となる場合には、原則として売却の2か月前までに従業員に情報を提供する必要がありました。ただし、すべての従業員が買収提案を行わない旨を表明した場合には、2か月の期間満了を待たずに売却を行うことも認められていました。
また、50人以上の企業でCSEが設置されている場合には、売却に関してCSEへの情報提供・協議を実施する必要があるところ、これに加え、アモン法に基づく従業員への直接の情報提供も必要となる場合がありました。
そのため、対象となる売却に際して、CSEに対する情報提供・協議と、従業員全員に対するアモン法上の情報提供を並行して行う必要があり、この二重の手続が実務上の負担となっていました。
2026年改正の主な変更点
(1)従業員への情報提供期間を2か月から1か月へ短縮
今回の改正により、従業員への直接の情報提供が必要となる場合、その期限は原則として売却の「2か月前」から「1か月前」へと短縮されました。
例えば、50人未満の会社で株式の過半数を譲渡する場合、原則として売却の1か月前までに従業員に売却予定を知らせ、従業員が買収提案を行う機会を与える必要があります。
ただし、従来と同様、すべての従業員が買収提案を行わない旨を表明した場合には、1か月の期間満了前であっても売却を行うことができます。
M&A実務の観点からは、従業員への情報提供のために確保する必要がある期間が半減することから、取引スケジュールを設定する上で一定の柔軟性が増すことになります。
(2)50人以上の企業ではCSEへの情報提供・協議に一本化
今回の改正において特に重要なのが、50人以上の企業におけるCSEとの関係の整理です。
フランスでは、原則として、従業員数が11人以上の状態が12か月連続した企業についてCSEの設置義務があります(労働法典L.2311-2条)。したがって、CSEの設置義務自体が50人以上の企業に限られるわけではありません。
一方、CSEの権限は、企業の従業員数によって異なります。11人以上50人未満の企業のCSEは、主として従業員からの個別又は集団的な要望を使用者に伝えるなどの役割を担います。
これに対し、50人以上の企業のCSEには、これらに加えて、企業の経営や組織に関する事項について情報提供を受け、協議を行う、より広範な権限が認められています(労働法典L.2312-1条第2項)。例えば、企業の経済的又は法的組織の変更についても、CSEへの情報提供・協議の対象とされています(同法典L.2312-8条)。
今回の改正が基準としているのは、このような50人以上の企業のCSEに認められる情報提供・協議権限です。
2026年改正後は、このような情報提供・協議権限を有するCSEが設置されている企業については、売却計画についてCSEへの情報提供・協議を行えば足り、アモン法に基づいて個々の従業員に別途情報を提供する必要はなくなりました。
したがって、従来必要とされていた「CSEへの情報提供・協議」と「従業員への直接の情報提供」という二重の手続が解消されたことになります。これは、今回の改正における実務上重要な簡素化の一つといえます。
なお、50人以上の企業であっても、CSEの選挙手続を行ったものの、代表者が選出されなかった等の理由により、CSEが設置又は更新されていないことがあります。この場合、使用者はその旨をprocès-verbal de carence(不成立調書。以下「PV de carence」といいます。)に記載します。このようにPV de carenceによりCSEの不存在が確認されている企業では、50人以上の企業であっても、例外的に従業員への直接の情報提供制度が適用されます(労働法典L.2314-9条、商法典L.23-10-7条第2項)。
これに対し、選挙手続自体が行われておらず、PV de carenceも作成されていない場合の扱いは、条文上必ずしも明確ではありません。もっとも、フランス政府の解説では、CSEを備えていない50人以上の企業が一般に直接の情報提供の対象として説明されていることから、実務上は、このような場合にも従業員への直接の情報提供を行っておくのが安全と考えられます。
(3)情報提供義務違反に対する制裁の軽減
今回の改正により、従業員への情報提供義務違反について課され得る民事制裁金の上限は、売却価格の2%から0.5%へ引き下げられました。
この制裁については、アモン法の制定以降、制度の見直しが段階的に行われています。
① 2014年:売却の無効
2014年のアモン法制定当初は、従業員への情報提供義務に違反した場合、従業員の請求に基づいて売却そのものを無効とすることができる旨が規定されていました。
② 2015年:憲法院による違憲判断
しかし、憲法院は、2015年7月17日のDecision n° 2015-476 QPCにおいて、株式等の過半数の売却について設けられていた売却無効の制裁を、企業活動の自由に対する明らかに過度な制約であるとして違憲と判断しました。従業員に認められているのは買収提案を行う機会であり、その提案が売主を拘束するものではないにもかかわらず、情報提供義務違反によって売却自体が事後的に無効となり得ることが問題とされたものです。
③ 2015年:マクロン法による民事制裁金への変更
その後、2015年8月6日付法律第2015-990号(「マクロン法」)により、売却の無効に代えて、検察官の請求に基づき、裁判所が売却価格の2%を上限とする民事制裁金を科すことができる制度へと変更されました。これにより、情報提供義務違反があった場合でも売却そのものが事後的に覆されるリスクはなくなる一方、金銭的制裁によって義務の履行を担保する仕組みとなりました。
④ 2026年:民事制裁金の上限を0.5%へ引下げ
2026年改正では、この民事制裁金という制度自体は維持しつつ、その上限が売却価格の2%から0.5%へ引き下げられました。アモン法導入当初の売却無効という強い制裁から、金銭的制裁への移行を経て、今回さらにその上限が引き下げられたことになります。
改正前後の比較
今回の主な変更をまとめると、以下のとおりです。
|
項目 |
改正前 |
2026年改正後 |
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従業員への直接の情報提供が必要な場合の期間 |
原則2か月 |
原則1か月 |
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50人未満の企業 |
従業員への直接の情報提供 |
従業員への直接の情報提供(期間を1か月に短縮) |
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50人以上・CSEあり |
CSEへの情報提供・協議に加え、従業員への直接の情報提供も必要となる場合あり |
CSEへの情報提供・協議に一本化 |
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50人以上・CSEなし |
PME要件を満たす場合、従業員への直接の情報提供 |
従業員への直接の情報提供 |
|
情報提供義務違反の民事制裁金 |
売却価格の最大2% |
売却価格の最大0.5% |
2026年改正法第22条IIにより、改正後の規定は、同法の公布から少なくとも2か月後に締結される売却について適用されます。フランス政府の公表資料では、2026年7月27日より後(同月28日以降)に締結される売却が対象と説明されており、現在では、新たに締結される売却には改正後の規定が適用されます。
M&A実務上のポイント
(1)従業員数だけでなく、CSEの状況を早期に確認する
今回の改正後、フランス企業のM&Aにおいては、対象会社の従業員数だけを確認するのでは十分ではありません。特に、取引の初期段階において、以下の点を確認することが重要です。
- 対象会社の従業員数(50人未満又は50人以上か)
- CSEが設置されているか
- CSEが設置されていない場合、PV de carenceが作成されているのか
これにより、売却に際して従業員への直接の情報提供が必要なのか、それともCSEへの情報提供・協議によって対応すべきなのかを判断することができます。特に、PV de carenceがない場合の扱いは条文上明確でないため、CSEが設置されていない場合には、その経緯も含めて確認しておくことが重要です。
(2)サイニング及びクロージングのスケジュールとの関係
従業員への直接の情報提供が必要な案件では、原則として売却の1か月前までに情報提供を行う必要があります。
そのため、株式譲渡契約その他の取引文書の締結時期を検討する際には、従業員への情報提供手続との関係をあらかじめ確認する必要があります。
一方、50人以上の企業でCSEが設置されている場合には、今回の改正によって従業員への直接の情報提供義務はなくなりましたが、CSEへの情報提供・協議手続自体が不要になったわけではありません。
CSEへの情報提供・協議が必要となる案件では、その手続に必要な期間をM&A全体のスケジュールに織り込み、サイニング及びクロージングとの関係を案件ごとに整理する必要があります。
(3)従来の「250人未満」というPME要件の削除
今回の改正でもう一つ留意すべき点は、50人以上の企業について、従来設けられていたPME要件が削除されたことです。
改正前は、50人以上の企業にアモン法上の制度が適用されるためには、当該企業がPME、すなわち従業員数が250人未満であり、かつ、年間売上高が5,000万ユーロ以下又は年間貸借対照表総額が4,300万ユーロ以下の企業に該当することが必要でした。
これに対し、改正後の商法典第L.23-10-7条では、PMEへの該当性は要件とされておらず、50人以上の企業については、所定の情報提供・協議権限を有するCSEが存在するか否かによって適用される手続が分かれる仕組みとなっています。
そのため、従来は制度の対象外であった250人以上の企業であっても、CSEが設置又は更新されておらず、その旨がPV de carenceにより確認されている場合には、従業員への直接の情報提供制度が適用されることになります。また、前述のとおり、PV de carenceがない場合にも、実務上は直接の情報提供を行っておくのが安全と考えられます。
このようなケースは通常のM&A案件で頻繁に生じるものではありませんが、今回の改正により、従業員への直接情報提供義務が従来より大規模な企業にも及び得る点には留意が必要です。
おわりに
2026年改正は、企業売却時の従業員への情報提供制度そのものを廃止するものではありません。
しかし、従業員への直接の情報提供が必要な場合の期間を2か月から1か月へ短縮するとともに、50人以上の企業で、所定の情報提供・協議権限を有するCSEが設置されている場合には、従業員への直接の情報提供を不要とし、さらに違反時の民事制裁金を軽減するなど、企業売却手続の負担を一定程度軽減する内容となっています。
他方、50人以上の企業ではCSEへの情報提供・協議が引き続き重要であり、またCSEが成立していない場合には従業員への直接の情報提供が必要となるなど、対象会社の状況によって適用される手続が異なります。
フランス企業の買収・売却を検討する場合には、取引の初期段階から対象会社の従業員数及びCSEの状況を確認し、必要となる従業員への直接の情報提供又はCSEへの情報提供・協議手続をM&A全体のスケジュールに適切に織り込むことが重要です。