※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2018年7月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
前号に引き続き、2017年11月11日に施行された労働法改正について解説する。
1.暫定措置808号の失効
前号で説明したとおり、改正労働法施行直後の2017年11月14日に、改正労働法の内容の一部を修正する暫定措置808号が公布された。しかしながら、同暫定措置は、期限である2018年4月23日までに国会の承認が得られなかったため失効した。そのため、同暫定措置で行われた修正は無効である。
2.改正法施行前に存在する雇用契約への適用
暫定措置808号において、改正法が、改正法施行前に存在する雇用契約にも適用される旨明記された。暫定措置808号の失効により、この点が再度不明確となったが、2018年5月15日付け官報で、労働大臣が、改正法は、改正法施行前の雇用契約にも適用されるべきとのAdvocacia-Geral da União (AGU)の意見書に同意したことが公表された。もっとも、これは法的拘束力のない意見に過ぎないので、裁判所が異なる判断をする可能性ある。
3.会社又は株主の責任に関する改正項目
(ア)株主の責任
株主は労働債務に関して二次的な責任を負うが、改正法において、旧株主の責任範囲が明確化された。具体的には、旧株主は、株主であった期間の債務で、かつ、株主変更に係る定款変更後2年以内に提起された訴訟に関してのみ負うことになった。また、労働債務に関する責任は、会社→現株主→旧株主の順番で負うことが明記された。株式を譲渡した際などに、旧株主の責任が不明確であった点が解消された。
(イ)同一労働・同一賃金
ブラジル労働法では、同一の労働を提供する者に対しては同一の賃金を支払わらなければならないというルールがある。改正法により、この適用基準が会社側に有利に変更になった。具体的には、勤務している施設が異なれば同一労働に該当しなくなり(旧法では同一の市内であればかかる要件を満たした)、また、雇用主における勤務期間が4年を超えて離れていれば同一労働に該当しないとの規定が新設された(同一職務の勤務期間が2年を超えて離れていれば同一労働に該当しない規定はそのまま残っている)。
(ウ)経済的集団の責任
ブラジル労働法では、経済的集団という概念があり、同集団にいる会社は、各社の労働債務について相互に責任を負う。この経済的集団という概念は非常に抽象的であるため、裁判所は労働者に有利になるよう広く解釈する傾向にあった。改正法では、この点について、株主が同じという事実だけでは経済的集団に属すると判断されないこと及び経済的集団か否かは共通の利害を有していることや一体的に活動していることを証明する必要がある旨明記された。
(エ)個人事業主との契約
個人との契約が実態として雇用関係と類似の関係にあると認められれば、契約者は雇用主と同様の義務が課せられる。従来裁判所は、雇用関係と類似の関係にあるか否かについて、独占的な契約か否かを考慮要素の一つとしていた。改正法では、仮に独占的かつ継続的な契約であったとしても、それだけをもっては雇用関係に該当すると判断しないことが明記された。なお、本項目は暫定措置808号により、個人事業主との間で専属契約を締結してはならないとの要件が加された。同暫定措置は失効したが、今後も何らかの形で同趣旨の変更が加えられる可能性はある。
4.労働裁判に影響を与える改正項目
(ア)訴訟費用の負担、罰金
改正法により、低収入者の裁判費用免除の手続が厳しくなった。また、敗訴時の相手方弁護士費用の負担や当事者の不誠実な対応に対する罰金の規定等が新設された。敗訴時の相手方弁護士費用は、敗訴額の5%〜15%である。これにより、従前のように、労働者がコストゼロで裁判を提起できることは難しくなった。実際に、2018年1月〜3月の新規労働訴訟件数は、前年同月に比較して45%減少した。
(イ)裁判外での和解
旧法では、裁判外の和解は効力を有しないとされていたが(後日裁判で効力を否定される)、改正法では、裁判外で締結した和解契約に関して、一定の条件のもと、裁判所により承認してもらうことが可能になった。
(ウ)仲裁制度
給与額が社会保障制度の給付金上限額の2倍を超える労働者との紛争に関して、雇用契約に記載することにより、仲裁制度が利用できるようになった。
(エ)慰謝料
改正法において、名誉毀損等の場合の損害賠償金額(慰謝料)の算定方法が明記された。雇用主及び労働者いずれが原告になる場合も、当該労働者の給与額をベースに、名誉毀損等の度合いに応じて算定される。なお、本項目は暫定措置808号により、基準となる金額が当該労働者の給与額ではなく、社会保障制度の給付金上限額と修正された。暫定措置808号は失効したが、本項目に関しては引き続き議論されていることから、今後も何らかの形で変更になる可能性はある。