※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2019年3月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている
1.セクハラ・モラハラへの関心の高まり
近年、セクシャルハラスメント(以下「セクハラ」)やモラスハラスメント(以下「モラハラ」)への関心は世界的に非常に高まっている。特に、セクハラについては、ツイッターに過去のセクハラ被害を告発する#MeToo運動が世界中で拡大するなど、これまで以上に人々の注目を集めている。このような世界的な関心を受け、国連の国際労働機関(International Labour Organization)も、職場でのセクハラやモラハラを防止するための条約を2019年にも制定する方針を決めている。
2.ブラジルの状況
2015年にVagas.comがブラジルにおいて行った調査によれば、職場において、何らかのハラスメントを受けたことがあると回答した人が男女合計で52%であった。ハラスメントの告発を受け付けている労働公共省(Ministério Público do Trabalho)は、ハラスメントを防止するキャンペーンをこれまで多く実施しており、被害者からの被害申告の数も年々増加している。同省は、2017年には、300件を超える女性からのセクハラ被害の申告を受けつけたようである。
3.なぜセクハラ・モラハラに気を付けなければならないのか
ブラジルは訴訟大国である。労働法改正により労働訴訟の数は大きく減少したものの、それでも毎月平均して3万件近くの慰謝料請求が含まれる新規労働訴訟が提起されている。労働訴訟において、セクハラ又はモラハラは、損害賠償請求を主張される最も多い原因の一つである。
仮にセクハラ・モラハラと認定されると、加害者及び会社が損害賠償義務を負うだけでなく、事案によってはその内容がメディアによって公表される可能性もある。その場合、会社のイメージが大きく毀損することになる。
4.ブラジルにおけるセクハラ・モラハラの定義
日本では、セクハラ、パワハラ、マタハラ、アルハラなど多様な言葉でハラスメントが議論されているが、ブラジルでは、大きく分けて、セクハラ(assédio sexual)とモラハラ(assédio moral)の2つに分けて議論されている。
セクハラ・モラハラは、労働訴訟の場面で最も問題になるが、いずれの用語も、労働法にはその定義はない。ブラジル刑法では、セクハラは犯罪として位置付けられており、 セクハラを、「性的な欲求を満たす意図で、自らの有利な立場を利用して、他者に嫌がらせをすること」と定義している。労働訴訟の場面では、かかる刑法の要件より緩やかに捉えられており、例えば、立場が同じ(単なる同僚)でもセクハラは成立する。一方、モラハラは、一般的には、「職場において、労働者に対して、継続的かつ長期的に、精神的苦痛を与える行為」と定義されている。
セクハラ・モラハラ問題の対処を難しくさせている要因の一つは、その判断基準が明確でないことである。加害者・被害者の関係、当該言動を行った背景、文化の違い、一般常識の変化等によって、同じ行為でもハラスメントになったりならなかったりする。数十年前に当たり前のように行われていたことが現在ではセクハラになり得るし、ブラジルで日本と同様の方法で部下に接するとモラハラになり得る。したがって、どのような行為がハラスメントに該当するのかを明確に線引きすることは難しい。そこで、重要となるのは、自らの行為がハラスメントに該当する可能性があることを常に念頭に置いておくことである。以下では、どのような言動がハラスメントになり得るかの参考として、ブラジルで実際に問題になった事例をいくつか紹介する。なお、以下の事例も、以下で記載した言動のみでハラスメントと認定されたわけではなく、それ以外の事情(例えば、侮辱した発言を繰り返していたなど)も考慮されていることは留意されたい。
5.ハラスメントの事例
(1)不思議の国のアリス
部署のマネージャーが、部署内のメンバーとの間で、あるメンバーに関して、「彼はゲイのようだ。夜は不思議の国のアリスに行っているに違いない」と言ったこと。
(2)亀の人形
営業成績が最下位の従業員の机に亀の人形を置いたこと。
(3)動物の名前で呼ぶ
「お前は猿か」、「お前は馬か」などと従業員を罵ったこと。
(4)娼婦とのパーティー
営業マンの士気を高めるため、朝の会議に娼婦を呼んだり、娼婦を呼んだパーティーに従業員を参加させたこと。
(5)営業目標達成のためのプレッシャー
営業目標達成のプレッシャーをかけるために、昼食時、夜中、週末問わず、1日何十回もメールを送ったこと。
(6)トイレ利用の制限
トイレに行く回数や時間を制限したり、トイレに行くことを許可制にしたこと。
(7)窓際族
仕事を与えない、サーバーへのアクセス権を取り上げる、長期間自宅待機させるなどの行為。
(8)お尻を燃やす権利
営業成績を達成した従業員へのプレゼントとして、ほかの従業員のお尻をライターで燃やす権利を付与したこと。