※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2019年5月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
ブラジルは訴訟大国である。そのため、ブラジルで事業を行う日系企業のほとんどが何らかの訴訟を抱えている。訴訟問題については弁護士に任せっきりにしている企業も多いが、裁判所の構成や訴訟手続きの概要だけでも知っておくと、実際に訴訟が提起されたときに対応しやすい。そこで、本稿では、ブラジルの裁判手続きの要点を解説する。
1.裁判所の構成
ブラジルの裁判所は、大きく分けて、連邦裁判所と州裁判所に分かれる。連邦裁判所は、外国若しくは国際機関又は連邦政府が当事者となる訴訟について管轄権を有する。また、労働、軍事及び選挙を扱う特別裁判所も連邦の管轄である。州の裁判所は上記に当てはまらない事案(一般的な民事訴訟など)を取り扱う。日系企業に関連するのは、州裁判所又は労働裁判所がほとんどである。いずれの場合も三審制(2回上訴可能)で、それぞれ三審目にあたる高等裁判所(連邦高等裁判所、連邦労働高等裁判所、連邦選挙高等裁判所、連邦軍事高等裁判所)が存在するが、高等裁判所より上位に、憲法問題を取り扱う連邦最高裁判所(Superior Tribunal Federal)が存在する。そのため、憲法問題が生じる案件については3回控訴が可能となる。
2.訴訟の期間
訴訟がどのくらいの期間で終了するかは、訴訟手続きについて最も聞かれる質問の一つであるが、最も回答するのが難しい質問の一つでもある。ブラジルは、訴訟の数が非常に多い一方で、裁判官の数が不足している。そのため、1人の裁判官が処理する件数が非常に多く、案件が常に滞留している。そのため、どの程度の期間で終了するのかを予見するのは非常に難しい。一般的には、「第一審で3年前後」と回答されることが多い。案件によっては20年続くことも珍しくない。
3.訴訟の進行
ブラジルの民事裁判は、日本と異なり、判決までに原告被告間で多くのやり取りは行われない。日本の場合は、まず、原告と被告が数回から数十回、主張を記載した書面や証拠の提出を行う。その上で、必要であれば証人尋問を行い、その後判決が出る。一方、ブラジルでは、書面のやり取りとしては、一般的には、訴状(原告)→答弁書(被告)→反論書(原告)のみである。被告は、原告から訴状を受領してから15日以内に答弁書及び証拠を提出する必要があるが、原則としては、そのタイミングですべての主張及び証拠を提出する必要がある。その後、証人尋問等が実施される公判手続きを経て判決が出る。
なお、ブラジルでも、裁判所において和解が行われることは多い。2016年に施行された新民事訴訟法では、訴訟提起されたら、当事者の反対の意思が示されない限り、まずは当事者間の話合いが行われる調停が設定されることになった。ただし、実務的には、調停が設定されるか否かは裁判官の裁量による。
4.ディスカバリー制度、弁護士・依頼者間の秘匿特権
ブラジルでは、アメリカのようにディスカバリー制度(相手方が保有する証拠すべての開示を求めることができる制度)はない。日本と同様に、相手方保有の証拠の提出を要請する制度はあるが一般的には利用されていない。したがって、原則として当事者は、自らに不利な証拠を提出する必要はない。
弁護士・依頼者間の秘匿特権(attorney-client privilege)がブラジルでも認められているが、ディスカバリー制度がないので、弁護士・依頼者間の秘匿特権を考慮することは基本的に必要ない。
5.クラスアクション(集団訴訟)
アメリカでは、共通の法的利害関係を有する地位(クラス)に属する者の一部が、同クラスに属する他のメンバーの同意を得ることなく、そのクラス全体を代表して訴えを提起することができる。これはクラスアクションと呼ばれる訴訟形態であるが、ブラジルでは、このような形態でのクラスアクションは認められてない。ただし、検察庁などの公的な機関が、一定の被害者(たとえばある工場で働いている労働者全体など)を代表して、雇用者などを訴えるような形態での集団訴訟は認められている。
6.損害賠償、費用負担
ブラジルではアメリカのような懲罰的損害賠償(実損害にかかわらず制裁的な損害賠償を課すもの)は認められておらず、実損害に基づいて損害賠償額が認定される。なお、賠償額は、インフレ率により調整され、かつ、法律又は契約に基づく利子が加算される。民事事件では月に1%が法定利子である。そのため、訴訟終了までに数年かかるケースでは、判決での認定金額が当初の請求金額と大きく異なることになる。
なお、ブラジルでは、敗訴者は、相手方の弁護士費用を支払う義務を負う。弁護士費用は、敗訴額の10%から20%の間で裁判所により決定される。また、裁判費用(訴訟提起時に裁判所に支払う費用)は、日本と同様に、法定された金額を原告が支払うが、原告が勝訴した場合は、当該費用は最終的に被告の負担となる。
7.執行手続き
ブラジルでも、日本と同様に、勝訴判決を得ただけでは強制執行(銀行預金の差押えなど)はできない。勝訴判決後、被告が支払わない場合には、別途強制執行するための手続を裁判所に申請する必要がある。