※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2019年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている
ブラジルの景気はここ数年非常に落ち込んでおり、業績悪化に苦しむ企業は多い。その結果、債務の支払いが滞り、債権者は債権の回収に頭を悩ますことになる。そこで、本稿では、債権回収の方法や手続について解説する。なお、本稿執筆に際しては、友人である津野マルセーロ裁判官から多くの助言を受けた。
1.話合いによる解決
債権回収のためいきなり訴訟提起することも考えられるが、訴訟は時間も手間もかかる。債務者の不払いが一時的な資金の問題であれば、分割払い等を提案することで債務者が支払いに応じてくれる可能性はある。ブラジルでは、民事訴訟の敗訴者は、相手方弁護士の費用(訴額の10%~20%で裁判所が決定する額)を支払う必要があるため、債権の有無に争う余地がないような事案であれば、訴訟提起の可能性を示唆することで、債務者が話合いに応じる可能性はある。
2.訴訟提起
債務者がそれでも支払わない場合は、訴え提起するしかない。通常の商事債権の場合、契約書に特段の規定がなければ、原則として被告の住所地の地方裁判所に訴訟提起することになる。ブラジル国外に所在する者が原告となる場合、ブラジル国内に十分な不動産を保有していない場合、裁判所が決定する担保を提供しなければならない。訴訟提起や控訴には裁判所の規則に従い裁判費用を支払う必要があるが、かかる裁判費用は最終的には敗訴者が負担する。
なお、債権者が、裁判外の執行名義(título executivo extrajudicial)を有している場合、訴訟を経ずに強制執行が可能である。抵当権、小切手、公正証書などがこれに該当する。
3.仮差押え
日本と同様に債務者の資産を訴訟提起前に仮差押えすることも可能である。仮差押えのためには、債権者が本訴で勝訴する可能性が高いこと及び仮差押えをしなければ債権者が被る損害が大きいことを立証する必要がある。仮差押えに際しては、裁判所が決定する額の担保を提供する必要がある。
4.判決の確定
判決が確定したにもかかわらず債務者が支払わない場合、債権者は、裁判所に対して、債務者に対して支払命令を出すよう要請できる。債務者が支払命令から15日以内に支払わない場合、罰則として10%が加算される。
5.強制執行
それでも債務者が支払わない場合、債務者の資産に対して強制執行することになる。強制執行は第1審の判決後に申立て可能であるが、控訴された場合は執行手続は停止される。一方、第2審で勝訴した場合には、仮に被告が最高裁判所へ上告しても執行手続は停止されない。強制執行の対象は、銀行預金、動産、不動産、第三者への売掛金などであるが、対象となる資産の有無の調査は原則として債権者が行う必要がある。もっとも、一定の場合、裁判所に申し立てることにより資産の有無を確認できる。たとえば、債務者が銀行預金を保有しているか否かについては、裁判所が中央銀行のシステムを利用して確認できるので、日本のように銀行やその支店を特定する必要はない。自動車や不動産の有無についても、ブラジル全土ではないが裁判所が公的機関のシステムを通じて確認可能である。また、在庫などの動産の有無も、裁判所に、被告の所在地(倉庫など)の現場確認の申立てを行うことができる。この申立てが認められれば、裁判所により選任された者が当該所在地に行って現場を確認する。現場確認の結果、動産が見つかれば差押え可能となる。差し押さえた動産や不動産は、裁判所の手続のもと競売にかけられるが、債権者がその所有権を取得して差額を現金で返金する方法も取り得る。そのほか、債務者の第三者に対する債権(売掛金など)も差押えが可能であり、売掛金の有無の調査(帳簿の確認など)を申請することも可能である。さらに、債務者が第三者に金銭支払請求訴訟を提起している場合、たとえ当該訴訟が係属中であっても、当該訴訟の対象となっている債権の差押えも可能である。
なお、民事訴訟法において、差押えを行う際の優先順位が規定されている。たとえば、第三者に対する売掛金の差押えの順番は、銀行預金、公債の債券、有価証券、車両、不動産などの差押えよりも後に行われるべきと規定されている。実務上、必ずしもこの順番が絶対ではないが、たとえば、いきなり売掛金の差押えを申し立てた場合は却下される可能性がある。
一方、強制執行ができない資産も規定されている。たとえば、債務者の自宅にある家具などである。
6.法人格否認の法理
債務者に全く資産がない場合、債務者以外の者の資産から債権を回収する方法を検討することになる。その一つが法人格否認の法理(desconsideração da personalidade jurídica)である。法人格否認の法理が認められるためには、日本と同様に、法人格の形骸化や濫用の事実を立証する必要がある。たとえば、債務の支払いを免れるために別法人に事業を譲渡して負債のみ元の法人に残すような場合が濫用のよくある例である。