※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2020年5月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1. 新型コロナウイルス感染症の拡大
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がブラジルでも拡大している。それにより事業活動にも様々な影響を与えており、企業は、取引先との関係、労務関係、行政・司法手続きの管理等、多くの事項への対応に迫られている。そこで、本稿では、新型コロナウイルス感染症拡大により生じ得る代表的な法的問題点について解説する。なお、新型コロナウイルス感染症対策として、法令の制定や改正などが日々行われているため、下記で記載する事項について、本稿執筆時点(2020年3月下旬)以降に変更されている可能性があること、また、下記事項以外にも多くの特別措置が存在することにご留意いただきたい。
2. 契約上の義務の不履行
新型コロナウイルス感染症の影響により納入遅延等の契約上の義務違反が生じている。契約上の義務違反は通常損害賠償義務を生じさせるが、感染症という誰もが予見していなかった事態に基づき生じた契約違反であるため、いわゆる「不可抗力」として免責される可能性がある。この点、ブラジル民法393条において、「不可抗力による債務不履行は免責される」旨規定され、また、契約においても、不可抗力の場合は免責される旨の規定があることが多い。ブラジル民法においては、「不可効力」は、当該結果が回避不可能な事象と定義されている。過去の判例では、同様の事例(インフルエンザの流行)において不可抗力を認定しているものもあるが、どのような場合に不可抗力として免責されるかは個別事案ごとの検討が必要となる。たとえば、新型コロナウイルス感染症の影響で通常のルートで資材を調達できなかったとしても、代替品を同じような価格で調達できるのであれば不可抗力として認定されない可能性はある。
3. 労働法
商業活動の禁止命令、需要の減少、外出自粛要請などにより、多くの企業がコスト削減、在宅勤務などの特別な対応を迫られている。そのような事態を念頭に、労働法を改正する暫定措置927号(Medida Provisória No. 927/2020)が制定された。表は、同暫定措置の主な点である。
表記載の事項のほか、健康診断の一部免除、祝日の事前利用、労働協約の効力の延長、FGTSの支払い期限の延長などが規定されている。
また、暫定措置927号で一旦制定されその後削除された雇用契約の停止については、別の暫定措置(Medida Provisória No. 936/2020)で規定された。同暫定措置により、雇用主は、①労働時間の削減に合わせた賃金の削減及び②雇用契約の停止が可能となった。①については最大期間が90日、②については60日となっている。
労働法 |
暫定措置 |
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在宅勤務 |
在宅勤務すること、在宅勤務時の費用負担等を、事前に雇用契約書で規定する |
雇用契約書での規定不要(雇用者の指示で可能) 48時間前に労働者へ通知 在宅勤務の費用負担についての合意は在宅勤務開始後30日以内でよい |
年次有給休暇 |
1年間の勤務後に付与される 休暇30日前に労働者への通知が必要 給与3分の1の金銭の付与は休暇の2日前までに支払う |
1年間の勤務前に付与可能 48時間前に労働者へ通知 給与3分の1の金銭の付与はクリスマスボーナスの支払期限までに支払えばよい |
集団休暇 |
開始15日前に労働組合及び労働局へ通知 年に2回まで、それぞれ10日以上 |
労働組合及び労働局への通知不要 48時間前に労働者へ通知 2回以上可能、最低休暇数もなし |
時間外勤務時間の振替制度(Banco de horas) |
個別合意の場合は6か月以内の相殺 労働組合との協約がある場合は1年以内の相殺 |
個別合意で緊急事態終了後18か月以内の相殺が可能 事前に休暇を付与して、それを将来の労働時間と相殺できる |
賃金の削減又は雇用契約が停止された労働者は、賃金補償として、一定の金額を政府から受け取ることができる。①及び②ともに、一定の場合には労働者との個別合意で実施できるとされているが、労働者との個別合意による賃金の削減や雇用契約の停止は将来的に裁判所で効力を否定される可能性があるため、いずれの場合も労働組合と協約を締結しておくことが望ましい。①の場合も②の場合も、それぞれの措置の終了後、労働者は賃金が削減された期間又は雇用契約の停止期間と同じ期間、雇用が保証されると規定されているが、雇用主は一定の補償をすることで正当事由のない解雇も可能となっている。
上記各暫定措置のほか、2020年法13,979号という法律により、コロナウイルス感染症に関する休職(隔離、検疫、医師による強制的な診察等)が有給の欠勤と取り扱われることになった。
4. 行政・司法手続き
多くの公的機関においても在宅勤務が実施されている関係で、各種の手続きに通常以上の時間がかかっている。また、裁判所、公正取引委員会(CADE)、知的財産庁(INPI)など多くの公的機関が、一定期間の手続き期限の延長や手続きの停止を決定している。
5. 個人情報保護法
個人情報保護法(2018年法13,709号)は2020年8月の施行予定であるが、本稿執筆時点で施行時期の延期が議論されている。