1. 新型コロナウイルス感染症の拡大
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により多くの企業が影響を受けている。かかる影響に対して企業が取り得る手段や法律の臨時的改正については、新型コロナウイルス感染症への法的対応(ブラジル)において説明した。本稿では、新型コロナウイルス感染症による事業へのダメージが回復不能な状況にある場合に取り得る主な手段についてまとめる。
2. コスト削減
会社のコストの多くを占めるのが人件費である。ブラジルの労働法では、正当事由がなくても自由に解雇を行える一方(ただし、正当事由のある場合に比べて雇用者の金銭的負担は増える)、労働者の個別の合意があっても賃金を減額することはできない(将来的に裁判所に効力を否定される可能性が高い)。
労働者の合意に基づく賃金の減額については、仮に業績が大幅に悪化した場合であっても裁判所から否定されるリスクは変わらない。賃金減額が認められるのは、労働組合の同意を得るか(憲法7条VI)、又は、不可抗力による場合(労働法503条)である(不可抗力の場合は、最低賃金を下回ること及び減額が25%を超えることは認められない)。もっとも、賃金の減額について労働組合が合意することは非常にまれであり、また、不可抗力を雇用者側が立証するのは容易ではない。
そこで、業績の悪化に対応する方法としては、通常の場合であれば、解雇が最もよく行われる措置である。
しかし、今回、新型コロナウイルス感染症による非常事態に対処するため、暫定措置936号により、賃金の減額又は雇用契約の停止ができることが明確化された(詳細は新型コロナウイルス感染症への法的対応(ブラジル)参照)。同暫定措置は、雇用主に対して経営危機に対応する手段を付与するとともに、労働者に対して一定の補償(失業保険からの一定額の支払い)を付与することを目的としている。なお、同暫定措置に基づく賃金減額又は雇用契約の停止は、一定の場合、労働者との個別合意で行うことができるとされているが(労働組合の合意不要)、かかる制度に関して、同暫定措置が施行されてすぐに、最高裁判所裁判官の一人により停止処分が下された。ただし、その後の最高裁判所の合議により、同規定が有効であることが確認された。
3. 会社の売却
仮にブラジルでの事業が回復不能な状況に陥っており、ブラジルからの完全撤退を視野に入れる場合、ブラジルの現地法人(子会社)の株式100%を売却できればそれが最も望ましい手段である。会社の売却であれば従業員の雇用もある程度は守ることができるし、後述する清算や破産は、手続きの終了までに相当な時間がかかるためである。
株式を売却するためには、買主候補が実施するデューディリジェンスへの対応が不可欠であるが、新型コロナウイルス感染症による非常事態宣言が継続している間は従業員の多くが在宅勤務となっている可能性があるため、デューディリジェンスへの対応に通常よりも時間がかかることが想定される。また、競争当局による審査手続きなど公的機関における手続きにも通常より時間がかかることが想定される。そのため、売却スケジュールは余裕をもって策定する必要がある。
また、M&Aの契約(株式譲渡契約など)においては、対象会社の事業等に重大な悪影響(Material Adverse Effect ないし Material Adverse Change)を及ぼす事由が発生した場合に、買主が取引から離脱する権利を定めた条項(以下「MAC 条項」)が規定される例が少なくない。どのような場合に、MAC条項が適用されるかは具体的な契約文言によりケースバイケースで判断されるため、これから契約を締結する場合においては、売主としては、新型コロナウイルス感染症を含む伝染病、感染病等をMAC 条項の除外事由として規定することが望ましい。
さらに、新型コロナウイルスの影響で対象会社の業績が大幅に悪化している場合には、買主から、非常に低額の買収対価が提案されることが予想される。その場合、売主としては、アーンアウト条項(クロージング後一定の期間経過後に対象会社が特定の目標を達成した場合に買収対価の一部が後払いされる方法)を提案することも考えられる。
4. 事業の縮小又は閉鎖
事業環境が非常に悪化し、将来の回復も見込めないような場合で、かつ、会社の売却先が見つからないような場合には、事業を縮小することも選択肢の一つである。たとえば、工場が複数あるような場合に、一部の工場を閉鎖することが考えられる。事業の縮小だけでは対応できないような場合には、全事業の閉鎖(撤退)も検討せざるを得ない。
事業の縮小であっても完全撤退であっても、検討すべき事項は多岐にわたるため、事前に十分な検討を行う必要がある。具体的には、従業員を解雇する方法・時期の検討、顧客、労働組合、公的機関等への説明、既存契約(受注済みの販売契約、不動産賃貸借契約、販売代理店契約等)の解消の可否の検討などは最低限検討する必要がある。
製造業の場合、受注済みの顧客への対応のため、操業を徐々に減らす方法を取ることが多いが(操業を突然ゼロにするわけではない)、その場合、従業員も徐々に減らすことになる。そのため、最後まで必要な従業員については、当該従業員が途中で辞めないようなインセンティブ(退職補償金の上乗せなど)を付与することを検討することになる。また、労働組合との関係では、そもそも労働組合に対して事前に相談するか否かも含めて慎重に検討する必要がある。労働組合によっては、事業閉鎖の情報を事前に知った場合、労働者への退職補償金の上乗せや労働組合への何らかの支払いを要求するため、事業閉鎖前にストライキ等を計画する可能性があるためである(ストライキをしない代わりに退職補償金の上乗せ等を要求してくる)。また、販売代理店契約がある場合には、販売代理店契約の解約にあたり法律上の補償金がどの程度になるかを計算しておく必要もある。そのほか、工場設立時に地元の政府から何らかの便益を受けているような場合には、そもそも閉鎖できるかも問題になり得る。
全事業の閉鎖を行う場合には、閉鎖後の処理を検討する必要がある。
5. 全事業の閉鎖後の処理(清算、破産、休眠会社)
全事業の閉鎖(撤退)を行う場合、選択肢としては、清算、自己破産及び休眠会社として維持するかのいずれかが考えられる。この点、後述のとおり、ブラジルでは自己破産手続きはほとんど利用されていない。また、ブラジルでは、会社の設立自体は容易で、設立期間もそれほどかからないため、取得に時間のかかる特別の許認可(ANVISAのライセンスなど)を保有している場合を除いて、休眠会社として維持するメリットはない。一方、休眠会社であっても業務執行者(Administrador)を最低1名任命しなければならず、確定申告などの作業は必要になるため、休眠会社を維持するコストが発生する。そのため、特別な理由がない限り、清算をすることが現実的なオプションとなる。
会社の清算の具体的な手続きについてはブラジルからの撤退に記載したが、手続きの概要は日本の清算と同じである。
6. 破産手続き
会社が債務超過に陥っている場合、日本では自己破産手続きを申請することも選択肢の一つである。一方、ブラジルでは、自己破産手続きが利用されることは非常に少ない。その理由は、破産手続きに非常に多くの作業が発生し、かつ、長い時間がかかること、また、破産自体に世間の評判が悪いことなどが考えられる。
なお、法人による破産手続き自体は2019年で1417件あったが、そのうち法人自らが申請した件数は不明である。おそらく、このうちの相当数が債権者による申請と思われる。ブラジルの破産法上、債権者も債務者の破産手続きを申請できる。破産手続きが開始されると、破産管財人が債務者の資産を管理することになるため、債権者としては、債務者による資産隠しを回避することができ、少しでも債権の回収の可能性が上がるためである。