1. 新型コロナウイルス感染症の拡大
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がブラジルでも拡大している。それにより事業活動にも様々な影響を与えており、企業は、取引先との関係、労務関係、行政・司法手続きの管理等、多くの事項への対応に迫られている。そこで、本稿では、新型コロナウイルス感染症拡大により生じ得る代表的な法的問題点について解説する。なお、新型コロナウイルス感染症対策として、法令の制定や改正などが日々行われているため、下記で記載する事項について、本稿執筆時点(2020年4月初旬)以降に変更されている可能性があること、また、下記事項以外にも多くの特別措置が存在することにご留意いただきたい。
2. 契約上の義務の不履行
新型コロナウイルス感染症の影響により納入遅延等の契約上の義務違反が生じている。契約上の義務違反は通常損害賠償義務を生じさせるが、感染症という誰もが予見していなかった事態に基づき生じた契約違反であるため、いわゆる「不可抗力」として免責される可能性がある。この点、ブラジル民法393条において、「不可抗力による債務不履行は免責される」旨規定され、また、契約においても、不可抗力の場合は免責される旨の規定があることが多い。ブラジル民法においては、「不可効力」は、当該結果が回避不可能な事象と定義されている。過去の判例では、同様の事例(2009年のインフルエンザの流行)において不可抗力を認定しているものもあるが、どのような場合に不可抗力として免責されるかは個別事案ごとの検討が必要となる。たとえば、新型コロナウイルス感染症の影響で通常のルートで資材を調達できなかったとしても、代替品を同じような価格で調達できるのであれば不可抗力として認定されない可能性はある。
3. 労働法
(1) 新型コロナウイルス感染症に関連した休職
労働者が病気により欠勤した場合、医師による診断書があれば有給による欠勤となる。この場合、労働者の賃金は、最初の15日間は雇用主の負担で、16日目以降はINSS(社会保障)から支払われる。この点は、新型コロナウイルス感染症に罹患した場合の病欠も同様である(なお、現在、新型コロナウイルス感染症による病欠の場合は、最初の15日間もINSSによる負担にすることを定めた法案が議論されている)。
労働者が新型コロナウイルスに感染した場合においては、当該感染が労働災害に該当するか否かが問題になるが、暫定措置927号(Medida Provisória No. 927/2020)により、新型コロナウイルスへの感染は、因果関係が立証されない限り、労働災害とはみなされないことが定められた。
なお、新型コロナウイルスに感染していない場合も、行政当局による指示に基づく隔離、検疫、医師による強制的な診察等による休職が必要な場合もある。これらの場合、2020年法13,979号という法律により、有給による欠勤と取り扱われることが定められた。ただし、この場合の賃金負担(雇用主負担かINSS負担か)については同法では明確ではない。
(2) 暫定措置927号
商業活動の禁止命令、需要の減少、外出自粛要請などにより、多くの企業がコスト削減、在宅勤務などの特別な対応を迫られている。そのような事態を踏まえ、労働法を改正する暫定措置927号(Medida Provisória No. 927/2020)が制定された。以下は、同暫定措置の主な点である。なお、同暫定措置は、2020年3月20日立法令(Decreto Legislativo No. 6/2020)により宣言された非常事態(estado de calamidade pública)が継続される間適用される。上記立法令では、非常事態は2020年12月31日までとされている。
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労働法 |
暫定措置 |
在宅勤務 |
在宅勤務すること、在宅勤務時の費用負担等を、事前に雇用契約書で規定する 在宅勤務から職場勤務への変更は15日前に通知必要 |
雇用契約書での規定不要(雇用者の指示で可能) 48時間前に労働者へ通知 在宅勤務の費用負担についての合意は在宅勤務開始後30日以内でよい |
年次有給休暇 |
1年間の勤務後に付与される 休暇30日前に労働者への通知が必要 有給休暇時の報酬は休暇の2日前までに支払う |
1年間の勤務前に付与可能 48時間前に労働者へ通知 報酬は休暇開始翌月の5営業日までに、給与3分の1の金銭の付与はクリスマスボーナスの支払期限(2020年12月20日)までに支払えばよい 個別合意で将来の有給休暇を付与することも可能 感染リスクの高い労働者(60歳以上の者、糖尿病等の疾患を有する者)が優先的に有給休暇を取得する |
集団休暇 |
開始15日前に労働組合及び労働局へ通知 年に2回まで、それぞれ10日以上 |
労働組合及び労働局への通知不要 48時間前に労働者へ通知 2回以上可能、最低休暇数もなし |
祝日の前倒し |
規定なし |
48時間前に労働者へ通知することにより宗教上の祝日以外の祝日を前倒し可能 宗教上の祝日を前倒しするためには労働者の個別の同意が必要 祝日を時間外勤務時間の振替制度(Banco de horas)の相殺に使用できる |
時間外勤務時間の振替制度(Banco de horas) |
個別合意の場合は6か月以内の相殺 労働組合との協約がある場合は1年以内の相殺 |
個別合意又は労働組合との協約で非常事態終了後18か月以内の相殺が可能 事前に休暇を付与して、それを将来の労働時間と相殺できる |
健康診断 |
雇用主は、採用時、定期、退職時の健康診断を労働者に受診させる |
退職時の健康診断以外は免除 直前の健康診断が180日以内なら退職時の健康診断も不要 |
FGTSの支払い |
毎月支払う |
2020年3月~5月に発生する分は、延滞金なしで2020年7月から6回までの分割払い可能 |
労働組合との協約 |
有効期間は最大2年間 |
非常事態開始から180日間以内に有効期間が終了する労働組合との協約は、雇用主の裁量で、最大90日間延長できる |
(3) 暫定措置936号
暫定措置927号の原案では、雇用契約を最大4か月停止することが認められていた。この規定は、暫定措置927号が制定された翌日に制定された暫定措置928号(Medida Provisória No. 928/2020)により削除された。
その後、暫定措置936号(Medida Provisória No. 936/2020)が制定され、同暫定措置により、雇用主は、①労働時間の削減に合わせた賃金の削減及び②雇用契約の停止が可能となった。以下、同暫定措置の主な内容である。
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労働時間及び賃金の削減・ |
雇用契約の停止 |
内容 |
労働時間の削減に応じた賃金の削減 削減率は、25%、50%又は75%と規定されているが、労働組合との協約で異なる削減率も可能 |
雇用契約の一時停止(賃金支払いなし) 賃金以外のベネフィット(食費手当、健康保険等)は、通勤手当などの雇用契約の存在が前提となっているもの以外は継続して支給される |
方法 |
以下の場合は、個別合意又は労働組合との協約 給料3,135レアル以下の場合、大学卒業者かつ年金給付最高月額の 2倍以上の給料の場合、削減率が25%の場合 上記以外は、労働組合との協約 個別合意の場合は最低2営業日前に合意書を労働者に交付する |
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通知 |
合意締結後10日以内に経済省及び労働組合に通知 |
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期間 |
最大90日間 |
最大60日間(各30日間の2回でも可能) |
所得補償 |
失業保険により補償 補償額は賃金の削減率により異なる 補償上限額は失業保険の上限額(1,813.03レアル) |
失業保険により補償 補償上限額は失業保険の上限額(1,813.03レアル) 2019年の年間売上が480万レアル以下の場合は雇用主の負担なし 2019年の年間売上が480万レアルを超える雇用主は支給される失業保険の30%を負担 |
雇用保障期間 |
本措置を講じている期間及び本措置を講じた期間と同じ期間、解雇は禁止される ただし、正当事由のある解雇は可能。また、労働法に定める補償金のほか、本暫定措置に規定される補償金(ペナルティ)を支払うことで正当事由のない解雇も可能 |
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措置の終了 |
雇用主の裁量でいつでも終了(元に戻す)できる。労働者は雇用者からの通知後2営業日後に通常勤務に戻る。 雇用契約の一時停止期間中に在宅勤務を命じた場合は雇用契約の一時停止の効力がなくなる |
なお、上記のとおり、いずれの措置も労働者との個別合意で実施できる場合があるが、労働者との個別合意による賃金の削減や雇用契約の停止は将来的に裁判所で効力を否定される可能性があるため、いずれの場合も労働組合と協約を締結しておくことが望ましい。実際に、最高裁判所の裁判官により、個別合意での実施について否定的なコメントが出ている。
4. 株主総会
ブラジルの主要な法人形態であるSociedade Limitada及びSociedade Anónimaはいずれも、事業年度終了日(多くの企業が12月31日)から4か月以内に定時株主総会を開催する必要があるが、暫定措置931号(Medida Provisória No. 931/2020)により、この期間が7か月間に延長された。また、定時株主総会の延期に伴い、取締役等の任期も定時株主総会の開催日まで延長された。さらに、法務局への届出事項の期限(本来は決議後30日以内)も、法務局の業務が正常化するまで停止される。
5. 個人情報保護法
個人情報保護法(2018年法13,709号)は、同法制定時には2020年2月の施行予定であったが、同法を管轄する機関の設置の遅れから、2020年8月の施行に変更された。同法を管轄する機関である情報保護庁(Autoridade Nacional de Proteção de Dado)は2018年12月に設定されたが、同機関が作成予定の同法に関する詳細な規則は現時点でもまだ作成されていない。また、新型コロナウイルスの影響で同規則の作成はさらに遅れる見込みである。そのため、同法の施行時期を2021年1月に延期すること、また、同法に基づく行政罰については2021年8月から適用されることを規定した法案が現在審議されている。
6. 破産法
現在、破産法(2005年法11,101号)を修正する法案(PROJETO No. 1,397/2020)が議論されている。同法案に基づき破産法が改正された場合、2020年3月以降に期限が到来する債務について執行手続きが60日間停止される。また、同期間、債務者は、破産手続きの開始決定を受けないこと、賃借不動産からの立ち退きを求められないこと、双務契約が一方的に解約されないこと、罰金の徴収を受けないこと、担保権が実行されないこと等が保証される。また、60日間経過後も、新型コロナウイルスの影響で売上が30%減少した企業は、さらに60日間同権利が保証される。債務者はこの期間に債権者と交渉を行うことができる。同法案は、その他にも破産法の手続きを緩和する内容が盛り込まれている。
7. 競争法
公正取引委員会(CADE)は、2020年3月25日に、カルテル等の行政手続きにおける被告の手続き期限を停止することを発表した。これは、行政手続きにおける被告の手続き期限を停止する暫定措置928号(Medida Provisória No. 928/2020)を受けてのものである。もっとも、競争法に関するその他の手続き(企業結合に関する手続、リニエンシーに関する手続きなど)は影響を受けない(実務的には在宅勤務等の関係で通常よりは時間がかかると思われる)。
なお、事業提携に関する企業結合申請の停止や競争法違反の判断において新型コロナウイルスによる特殊な状況を勘案することを盛り込んだ法案(PROJETO No. 1,179/2020)が現在議論されている。
8. その他の行政・司法手続き
多くの公的機関においても在宅勤務が実施されている関係で、各種の手続きに通常以上の時間がかかっている。また、裁判所、知的財産庁(INPI)など多くの公的機関で、一定期間の手続き期限の延長や対面での手続きの停止を決定している。