※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2020年1月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている
1. ベンチャー投資の種類
本稿の前回記事(本誌2019年11月号(1653号)参照)において、ブラジルのスタートアップ投資の状況やスタートアップ投資に関わる法制度などについて解説した。本稿では、スタートアップ投資のより具体的な実務を知るため、ブラジルで日本人唯一のベンチャー投資家であるブラジルベンチャーキャピタル代表の中山充氏にお話を伺った。中山氏は、2014年からブラジルのスタートアップ企業に投資をしており、これまで、10社以上のブラジル企業に投資をしている。なお、スタートアップ投資は、企業が成長していく過程に応じてしばしば各ステージに分けられ、一般的には、シードステージ、アーリーステージ、ミドルステージ、レイターステージなどと呼称される。スタートアップ投資と一口に言っても、投資金額や投資方法は各ステージによって異なる。たとえば、起業準備段階であるシードステージの会社への投資の場合、まだ具体的なビジネスが立ち上がっていない段階であるため、投資額も一般的に少なく、また、投資の可否も単に創業者への信頼をもとに行われることも多い。一方、投資金額が数十億から数百億円規模の投資については、従来のM&Aの手法と大きな違いはない。中山氏は、この中で、アーリーステージ(創業直後から創業数年程度)にある会社を投資対象とすることが多い。そのため、以下で言及される中山氏の経験等も、アーリーステージのスタートアップへの投資を前提にしている。
2. 投資対象会社の見つけ方
最近の世界的なスタートアップブームの影響を受けて、日系企業の中でも、ブラジルのスタートアップへの投資に関心を持つ企業は多い。ただし、投資対象となるようなスタートアップに巡り合うのは容易ではないし、多くの日系企業にとって、そもそもブラジルのスタートアップと接点を持つこと自体が容易ではない。
この点に関して、中山氏は、投資対象となるスタートアップを見つける近道はなく、とにかく、多くのスタートアップやスタートアップに関わる人(投資ファンドなど)に会うことが重要と話す。具体的には、スタートアップ関連のイベントがあれば参加し、また、コワーキングスペースで人と話すこともある。そのような機会を増やすことで、紹介などを通じてネットワークが広くなる。その際、重要なのは、単に「良いスタートアップを見つけたい」といった抽象的な目的ではなく、自らの投資対象(投資金額、投資対象セクターなど)を明確にしておくことである。そうしないと、イベント等で人と会っても具体的な案件に発展することは難しく(どのような人・企業を紹介すればよいか相手方も分からない)、また、明確な目的なく表敬訪問などを繰り返すと、日系企業全体に対する評価が下がる恐れがあるためである。
3. 投資可否の判断
一般的なM&Aにおいては、投資の是非及び可否は、投資金額、自社との事業シナジーの有無、対象会社の成長性、簿外債務の有無(デューディリジェンスの結果)などによって判断される。一方、スタートアップ投資においては、スタートアップ投資の目的によって大きく異なる。中山氏のようなベンチャーキャピタルの場合は、将来のキャピタルゲインを目的としているため、対象会社の成長性が最も重要となる。一方、事業会社の場合で、スタートアップが有する技術等の自社事業での活用を目的とする場合には、自社事業とのシナジーの有無も重要な要素となる。
デューディリジェンスの要否についても、スタートアップのステージや投資目的によって異なり得る。シードステージやアーリーステージの場合、事業計画でさえ作成していないこともあるし、管理部門の不足からデューディリジェンスに十分対応できないこともある。そのような場合は、デューディリジェンスを実施しないことも選択肢としてはあり得る。一方、投資の目的がスタートアップが保有する特定の技術である場合においては、当該技術が開発された経緯や特許化の有無・可能性などについては少なくとも確認する必要がある。
中山氏の場合、過去の財務諸表の確認や会社・創業者・株主の信用調査(信用調査サービスを利用)は少なくとも行っている。弁護士等の専門家にデューディリジェンスを依頼するか否かは案件によるとのことである。
4. 投資の実行方法
本稿の前回記事で、ブラジルのスタートアップ投資においては、転換社債が利用されることが多いことについて言及したが、中山氏も同様の意見であった。転換社債の株式への転換については、ある事象(当該スタートアップの累積調達額が一定金額を超えた場合など)が生じた場合に義務的に転換される場合と転換の実行について投資家が権利を持つ場合のいずれもある。株式に転換される場合、スタートアップをSociedade Anônima(株式会社)に組織変更した上で種類株式を発行することがよく行われる。より一般的な法人形態であるSociedade Limitadaの場合、種類株式を発行できないためである。