※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2020年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
- ブラジルにおける汚職の状況
トランスペアレンシー・インターナショナルという国際非政府組織が毎年発表している腐敗認識指数によると、ブラジルの2019年の汚職ランキングは、180か国中106位であった(順位が下がるほど汚職の度合いが高い)。ブラジルの歴史上最大の汚職調査と言われるLava Jato調査以降、多くの政治家や企業の役員などが逮捕されているが、それでも汚職事件は後を絶たない。新型コロナウイルスに対処するための臨時的措置として、現在公的機関による医療機器等の購入に関して公共入札が不要になっているが、それを利用した汚職事件も多発している。
「汚職はブラジルの文化である」とルーラ元大統領の弁護人(元法務大臣)が発言するように、ブラジルでは汚職が蔓延している。そこで、本稿では、汚職に関するブラジルの法律を概観したい。
- 汚職に関する法律
汚職に関する主要な法律としては以下の法律があげられる。
法律 |
概要(汚職に関する部分) |
刑法(1940年法規政令2848号) |
公務員による収賄行為及び公務員への贈賄行為を処罰 |
行政活動不正行為法(1992年法8429号) |
公務員による収賄行為及び公務員への贈賄行為を処罰 |
公的機関による調達に関する法律(1993年法8666号) |
公共入札に関する汚職行為を処罰 |
腐敗防止法(2013年法12846号) |
汚職行為に関して法人を処罰 |
組織犯罪法(2013年法12850号) |
組織犯罪を処罰 |
上記各法律は、その適用対象が個人か法人か(たとえば、腐敗防止法は法人のみがその適用対象となる)、汚職行為に関して故意過失を要件とするか否か(たとえば、行政活動不正行為法については行為者の故意過失が要件となるが、腐敗防止法の場合は無過失責任である)、刑事罰があるか否か(たとえば、刑法では個人に対して禁固刑などの刑事罰を科すが、行政活動不正行為法では刑事罰はない)などの違いがあり、ケースバイケースで適用される法律が変わり得る。ただし、それぞれの法律が重畳的に適用されることもあり得る。
- 個人に対する罰則
刑法に基づき、国内公務員に対して賄賂を支払った者は1年以上12年以下の禁固刑及び罰金が科せられ、外国公務員に対して賄賂を支払った者は1年以上8年以下の禁固刑及び罰金を科せられる。なお、賄賂の結果、作為・不作為・遅延等が発生すれば加重される。また、行政活動不正行為法に基づき、汚職により取得した利益の没収や損害賠償が科せられる。さらに、公共入札に関して汚職行為が行われた場合には、公的機関による調達に関する法律に基づいても処罰され得る。
- 法人に対する罰則
汚職行為が行われた場合、腐敗防止法に基づき、法人に対しては、①課徴金、②司法処分(汚職行為に基づき取得した資産等の没収、公的機関からの補助金の受取り禁止など)が科せられる。課徴金については、調査開始年の前年度の売上高から税金を控除した額の0.1%~20%の範囲内で決定される。腐敗防止法施行令(2015年施行令8420号)では、課徴金の算定方法が規定されている。たとえば、取締役などの経営層が違反行為を認識していたような場合は課徴金額が上がる要因の一つとなっている。一方、社内にコンプライアンスプログラムがあり、それが適切に運用されていたような場合には、課徴金額が下がる要因の一つとなっている。そのため、ブラジル子会社が汚職リスクのある事業を行っている場合(公的機関と取引がある場合等)には、日本の親会社としては、ブラジル子会社がコンプライアンスプログラムを有しているか、また、それを適切に運用しているかを確認することが重要となる。なお、最近の汚職事件の増加を受けて、州によっては、コンプライアンスプログラムを設けていることが公共入札への参加の条件となっている。
- その他
(1)商業賄賂
ブラジルの腐敗防止法では、民間企業同士の賄賂(過剰接待やキックバックなど)は処罰対象になっていない。ただし、このような行為は、別の犯罪(詐欺や横領等)に該当する可能性はある。
(2)ファシリテーションペイメント
公的手続きを円滑・迅速に行うために少額の金銭の支払いを公務員から求められることがある。この金銭の支払いはファシリテーションペイメントと言われるが、ブラジルでは、このような場合も、賄賂の支払いとして処罰対象となる。
(3)贈答・接待
工場の竣工式などに地元の政治家などを招待し、その際に、記念品を贈答したり、食事を提供することも考えられる。このような贈答や接待は理論上は腐敗防止法に定める「利益の供与」に該当し得る。ただし、実務的には、多くの公的機関の倫理規定において、100レアルまでの贈答・接待については、当該贈答・接待が不正な目的でない限り許容される旨の規定がある。
(4)リニエンシー
腐敗防止法上の要件(最初の通報者であることなど)を満たす法人はリニエンシー契約を締結することができる。リニエンシー契約を締結することで課徴金の減額等を得ることができる。