※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2022年5月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
スタートアップを取り巻く環境
スタートアップへの投資は、ブラジルにおいても非常に関心が高く、実際に国内外から多くの投資が行われている。ブラジル政府も、2000年代からスタートアップの事業展開やスタートアップへの投資を促進する法律や制度を設けてきた。具体的には、2006年には小規模会社の税制を簡素化するシンプレス・ナシオナウ(Simples Nacional)と呼ばれる制度が創設され、2016年には参加契約(Contrato de Participação)というエンジェル投資家による投資を容易にするための新しい投資形態が創設された。そして、2019年に制定された補足法167号(Lei Complementar nº 167/2019)において、初めて「スタートアップ」という概念が明確に規定され、また、同法に基づき、「Inova Simples」という会社の設立や清算、知的財産の登録などを簡易化する制度が創設された。そのような流れの中で、2021年6月にスタートアップ法と呼ばれる2021年補足法182号(Lei Complementar nº 182/2021:Marco Legal das Startups)というスタートアップの事業環境やスタートアップへの投資環境をさらに改善及び促進するための法律が制定された。スタートアップ法は、スタートアップに関する新たな制度を創設したほか、会社法の改正も行っているが、本稿ではスタートアップに関する内容を紹介する。
スタートアップの定義
スタートアップ法で定める「スタートアップ」に該当する企業は、同法に基づく新制度を享受できる。「スタートアップ」は以下の要件を満たす企業である。
① 前年度の売上げが、1,600万レアル以下(設立12か月未満の場合は月に1,333,334レアル以下)であること
② 法人登録番号(CNPJ)取得後10年以下であること
③ 以下のいずれかであること
a. 2004年法10973号第2条本文4号に規定される製品又はサービスを作り出す革新的なビジネスモデルを利用することを定款に記載し、かつ、実際に利用すること
b. 「Inova Simples」制度における会社であること
スタートアップ企業に関する新制度
(1) スタートアップへの投資を促進する制度
スタートアップ法は、株式購入オプション(Contrato de Opção de Subscrição de Ações)、転換社債(Mútuo Conversível)など、投資時点においては株式を取得しない投資形態において、投資家が会社の債務について責任を負わないことを明確にした。株主は有限責任であるため会社の債務について責任を負わないのが原則であり、ましてや株主になってもいないこれらの投資家が会社の債務に責任を負わないのは当然のように思えるが、ブラジルの裁判実務ではこれらの投資家も特に労働債務について責任を負わされる可能性があった。スタートアップ法は、スタートアップへの投資を促進する目的で、これらの投資家が会社の債務について責任を負わないことを明確にしたのである。
(2) 研究開発の代替手段としてのスタートアップへの投資
公的機関との契約等に基づき研究開発への一定の投資が義務付けられている会社が、プライベートエクイティファンドなどを通じてスタートアップへ投資することでかかる義務を履行できることになった。
(3) 規制のサンドボックス制度
いわゆる規制のサンドボックス制度が創設され、規制がある分野において、本来必要な手続に従うことなく、規制当局から一時的な認可を受けることで革新的なビジネスモデルの開発や実験的な技術の実施をテストすることができるようになった。なお、スタートアップ法施行前に同様の制度をすでに採用している規制当局もあったが、スタートアップ法の施行により、かかる制度に法的根拠が付与されることになった。
(4) 特別の公共入札制度
行政が抱えている問題を革新的な技術を用いて解決することを目的とする特別の入札制度が創設された。同制度では、たとえば、行政機関は、入札対象業務の範囲を限定することができ、また、正当な理由があれば公共入札法(1993年法8666号)で要求される資格等に関する書類の提出や受託業務に関する保証の提供を免除することができる。また、契約者の選定は、価格だけではなく、問題解決やコスト削減の可能性、提案された解決策の開発の程度、提案された解決策の実現可能性なども考慮されるため、価格面で不利になりがちなスタートアップ企業でも選定される可能性がある。
小規模会社のキャピタルマーケットへのアクセスの容易化
スタートアップ企業に対する新制度のほか、小規模会社(Companhia de Menor Porte)に対する新制度も創設された。具体的には、小規模会社がキャピタルマーケットにアクセスしやすいように会社法を改正し、株主の請求に基づく監査役会の設置義務、公募増資における金融機関を仲介させる義務等が免除された。
スタートアップ法の成立過程で削除された項目
スタートアップ法の成立過程で、いくつかの項目が削除された。そのうちの一つは、スタートアップ企業への投資に関するキャピタルゲイン課税の計算に際して、投資の損益を相殺する制度である。削除された条項については、今後法改正等で復活する可能性がある。