※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2022年11月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.事業環境の改善化の流れ
各国でのビジネスのしやすさをランキングした世界銀行作成の「Doing Business」というレポートの2020年版(2021年に同レポートは廃止された)において、ブラジルは190か国中124位とビジネスがしづらい国の1つと認定されている。ブラジルでのビジネス上の障壁は「ブラジルコスト」と呼ばれるが、同レポートにおいてブラジルの評価を下げている要因の1つが「事業開始(Starting a Business)」である。
もっとも、ブラジル政府もこのような状況を放置しているわけではなく、近年、事業環境を改善するための法改正を次々に行っている。2017年には労働法が大幅に改正されたが、これも、ブラジルコストの1つであった労働問題を改善することを目的としたものであった。本稿では、事業環境の改善のために行われた近年の法改正や創設された新制度を紹介する。
2.会社の設立
会社設立を容易にするため、2021年に、会社設立に伴う各公的機関への届出や登録を簡易化する「Balcão Único」というオンラインシステムを開始した。同システムが提供する定款のひな形を利用することが条件ではあるが、同システムを利用することにより会社の設立を数時間で行うことができるようになった。また、事業環境近代化法(Lei de Modernização do Ambiente de Negócios)と呼ばれる2021年14195号は、中リスク事業の場合の営業許可(Alvará de Funcionamento)の自動発行を認めるなど、会社設立手続を簡易化した。
3.1人株主の会社
ブラジルで最も利用されている法人形態であるSociedade Limitada(以下「Limitada」という)は、従来は最低2人の株主が必要であったが、2019年の法改正により1人株主も可能になった。これにより、よりスピーディかつ簡易に会社を設立することができるようになった。
4.業務執行者
株式会社であるSociedade Anônima(以下「S.A.」という)に必要な業務執行者(取締役)が2021年の法改正により1人でもよくなった(従来は最低2人)。
また、2021年の法改正により、LimitadaにおいてもS.A.においても、業務執行者がブラジル国外居住の者でも就任することができるようになった(厳密にいえばLimitadaに関しては法律上は明確ではないが、登記実務を管轄している政府機関(DREI)がLimitadaの業務執行者に関してもブラジル国外居住を認めた)。
さらに、Limitadaにおいて、株主以外の者から業務執行者を選任する場合の必要な議決権数が、2022年の法改正により、引受株式が全額払い込まれていない場合は議決権の3分の2以上(従来は全株主の承認)、引受株式が全額払い込まれている場合は議決権の過半数(従来は3分の2以上)に変更された。
5.株主総会決議
Limitadaの株主総会決議に関して、従来議決権の4分の3以上の賛成が必要であった事項(定款変更、合併、清算など)が、2022年の法改正により議決権の過半数で足りることになった。
6.公告の簡易化
会社法で要求される公告方法は、2019年の法改正により簡易化され、官報での公告が不要になり、会社の本店所在地で発行される広く流通している新聞での要旨の公告及び同一の新聞のインターネットページでの全文の公告により行うことが可能になった。また、2021年の法改正により、売上高が7,800万レアル以下の非公開S.A.(非上場会社)の場合は電子公告のみでの公告が可能となった。なお、Limitadaに適用される民法においては公告に関する改正は行われていないため、Limitadaに関しては簡易な公告は認められていない。
7.複数議決権
2021年の法改正により、S.A.において、1株式あたり複数(10票まで)の議決権を有する種類株式を発行することができるようになった。これにより、創業者が会社の経営権を維持しながら投資を受けることが可能になった。なお、Limitadaにおいて複数議決権の株式を発行できるかは議論がある。
8.スタートアップ法
本誌2022年5月号で紹介したとおり、スタートアップの事業環境やスタートアップへの投資を改善・促進することを目的にスタートアップ法が制定された。詳細は同号をご覧いただきたいが、スタートアップに投資した投資家の責任の範囲が明確化されたことでスタートアップへの投資が促進されることが期待される。
9.倒産法の改正
倒産法(2005年法律11101 号)が2020年に改正され、裁判上の再生手続中の会社から資産や事業を購入する際に、買主が労働債務などの簿外債務を承継しないことが規定された。また、再生方法として、債務の株式化(Debt Equity Swap)及び債務者全部の売却が規定され、また、DIPファイナンスについてのルールも規定された。これらにより、再生手続がしやすくなったとともに、再生手続中の会社に対する融資や再生手続中の会社からの資産や事業の購入がしやすくなった。
10. 外資規制の緩和
特定の産業については、外国企業による参入に制限(いわゆる外資規制)が課せられているが、外資規制も近年緩和の方向にある。たとえば、医療機関への外資企業の参入が2015年から可能となり、また、国内運航の航空会社の外国企業による出資規制が2019年に撤廃された。また、現在、農村不動産(Imóvel Rural)に対する外資規制を緩和する法案が国会で議論されている。