※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2023年1月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.ブラジルとサッカー
ブラジルは言わずと知れたサッカー王国で、今年開催されるワールドカップの優勝候補の筆頭である。もちろん、ブラジルにおいては、代表チームだけではなく、国内のサッカーリーグの人気も依然として高く、ブラジルはサッカー選手の世界最大の輸出国である。もっとも、ブラジル国内のサッカークラブは、一部の有力クラブを除いて、多額の負債を抱え財政状況が非常に悪いチームが多く、ビジネスという観点では成功しているクラブは少ない。そのような状況において、ビジネス上もサッカークラブの運営を成功させることを目的に、2021年法14193号(以下「SAF法」という)により、サッカークラブの運営に特化したサッカー株式会社(Sociedade Anônima de Futebol。以下「SAF」という)という会社形態が創設された。すでに多くのクラブがSAFに移行しており、たとえば、クルゼイロ(Belo Horizonte拠点の名門チーム)がSAFになった上で元ブラジル代表のロナウドが同社の株式の90%を取得している。本記事では、SAF制度の概要を解説する。
2.SAF創設の背景
ブラジルのサッカークラブのほとんどは、歴史的に、非営利の市民団体(Associação Civil)の形で運営されてきた。市民団体の場合、利益が出ても会員に配当できず、また、株式のようなものがないため、クラブを他社に売却することもできず、また、外部からの資金調達も容易でなかった。SAFは、サッカークラブの本質を保護しながら、サッカークラブの事業価値の拡大を図る目的で創設された。
3.SAFの設立方法
SAFを設立する方法は、①既存クラブのSAFへの組織変更、②既存クラブの一部を会社分割の方法でSAFへ承継、③SAFの新規設立の3つの方法がある。①と②の場合、既存の選手との契約はSAFに承継され、また、リーグ戦などに承継時と同じ条件で参加できる。②の場合のその他の権利義務の承継や取扱いについてはSAF法で規定されている。①及び②を行う場合、既存クラブの規程に従い意思決定される。
4.SAFの特徴
(1) 会社の目的が法定されている
SAFはサッカークラブの運営のために設立される法人であるため、事業活動もサッカー及び保有するサッカーに関する知的財産権や不動産に関するものに限定されている。
(2) 株式が発行される
通常の株式会社と同様に株式が発行されるため、新たな株式の発行や既存株式の売却が可能である。
(3) 資金調達
サッカー株式会社は、運営資金のために社債(Debêntures-fut)を発行することができる。
(4) 利益配当できる
市民団体の場合は利益があっても会員に配当できないが(自己の事業に再投資するしかない)、株式会社の場合は配当可能である。
(5) ガバナンス
SAFは、業務執行する取締役だけではなく、経営審議会及び監査役会を必ず設置しなければならない。通常の株式会社の場合は取締役1名のみを選任すれば足りるため、SAFはより厳しいガバナンスを要求している。なお、市民団体の場合は、会員の投票によってクラブの意向と関係なく経営陣が変わる可能性があるが、SAFは株式会社のため、議決権の過半数を有する株主が経営陣を選任することができ、その結果、安定的なクラブ運営が可能となる。
(6) クラブの伝統の保護
SAFはA種株式という種類株式を発行しなければならない。そして、クラブの起源となった市民団体が少なくとも1株のA種株式を保有している限り、同団体は、クラブの名称、シンボル、チームソング、本拠地等の変更に対して拒否権を有する。また、A種株式が議決権又は株式資本の10%以上である場合、SAFが市民団体より承継した知的財産権や不動産の処分、合併等についてA種株主は拒否権を有する。
(7) 特別の税制
サッカークラブが歴史的に市民団体の形で運営されていた理由の1つに様々な税金の免除があった。そこで、SAF法は、市民団体がSAFに移行しやすいように、SAFに特別の税制を適用し、税金の負担を軽くしている。
(8) 負債の処理
多額の負債を抱えているクラブが多いため、SAF法は、既存の債務の処理について2つの方法を規定している。1つ目の方法は集中執行制度(Regime Centralizado de Execuções)という制度である。これは、裁判所の許可を得ることにより、市民団体がSAFに移行するに際して、既存の市民団体に債務を残したうえで、市民団体による債務の返済を6年間に設定する制度である。SAFは、市民団体による債務の返済の原資として収益の20%を市民団体に支払う。また、市民団体はSAFの株主として得る配当の50%を支払いにあてる。6年間の期間終了時に債務の60%が支払われた場合は残りの債務のためにさらに4年間延長される。この期間の差押え等は禁止される。2つ目の方法は倒産法に基づく民事再生手続の利用である(市民団体は民事再生手続を利用できなかった)。民事再生手続を利用しても、選手との契約は同手続の影響を受けず、SAFに移行する。
(9) SAFの責任
SAFは、市民団体から承継した債務を除き、市民団体が有する債務については責任を負わない。ただし、市民団体が支払いを行わない場合、SAFの業務執行者並びに市民団体の代表者及び業務執行株主は連帯責任を負う。