※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2023年5月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.知的財産権のライセンス契約に関するこれまでの議論
特許権、商標権、著作権、ノウハウなどの知的財産権のライセンス契約に関しては、長年多くの議論があった。その論争の中心はブラジル産業財産庁(Instituto Nacional da Propriedade Industrial。以下「INPI」という)の私的契約への介入の可否であり、裁判で争われることも多かった。INPIがライセンス契約の登録を要求するようになった歴史的な背景は、ブラジル企業が外国企業から搾取されないよう、契約内容を事前に審査することにあった。そのため、INPIは、ライセンス契約の登録審査にあたり、ブラジル企業に不利になるような条項の修正や削除を求めていた。特に、INPIは、特許化されていない知的財産権(ノウハウ)のライセンス契約を認めておらず、これをノウハウの「移転契約」という形で取り扱っていた。そのため、契約終了後にライセンスを受けたブラジル企業がノウハウを利用できなくなるような内容の契約条件は「移転」ではないとして受け入れなかった。
このようなINPIのスタンスは2017年に制定されたINPI規則(Instrução Normativa INPI/PR nº 70/2017)により変更され、同規則制定後は、INPIは契約内容について介入しなくなった。
そして、INPIは、2022年12月に理事会を開催し、その中で、改めて契約内容に介入しないことを明らかにした。そのほか、2022年12月30日に施行された外国為替法(2021年法14286号)、同月29日に公布・施行された2022年暫定措置令1152号及び同月31日に公布・施行されたブラジル中央銀行の各種規則(2022年規則277~281号)及びにより知的財産権のライセンス契約に関して多くの変更が行われた。
2.外国為替法による変更
(1) ブラジル中央銀行への登録が不要に
従前は、ブラジル企業が海外企業に知的財産権のライセンス契約に基づくライセンスフィー等を支払う場合にはブラジル中央銀行に登録する必要があり、その前提として、INPIへの登録が必要であった。同法施行により、海外送金のためのブラジル中央銀行への登録もINPIへの登録も不要になった。
(2) 親子会社間でのライセンスフィーの上限の撤廃
これまでは、外国の親会社とブラジルの子会社間でのライセンス契約に基づくロイヤリティの上限はロイヤリティの損金算入可能額とされていたが、かかる上限が撤廃された。そのため、今後は当事者間で自由にロイヤリティを設定できる。ただし、移転価格税制に留意する必要はある。
3.暫定措置令1152号による変更
暫定措置令というのは、重大かつ緊急の場合に、大統領が制定する通常法と同一の効力を有する暫定的な法律で、公布により直ちに効力を生じるが、120日以内に国会で承認されなければ効力を失う。暫定措置令1152号は、その後内容が一部修正されたため、2023年6月1日までに国会の承認を得られなければ効力を失なう。
同暫定措置令によりロイヤリティ支払に関する損金算入可能額の上限が撤廃された。従前は製造又は販売された製品の総売上高の5%が上限であったが、同上限を定めていた1962年法4131号の条文が削除された。
なお、ロイヤリティの支払いを損金算入するためにはINPIへの登録が要求されているが、この点についての変更はないため、損金算入するためにはINPIへの登録が引き続き必要となる。
4.ブラジル中央銀行規則による変更
ロイヤリティの支払は、為替市場で許可を受けた金融機関を通じて行われなければならないことなどが新たに規定された。
5.INPI理事会決定による変更
2022年12月に開催されたINPI理事会において、ライセンス契約の契約条件(ロイヤリティの額など)をINPIが審査対象としないことが改めて確認されたほか、契約の登録の簡易化に関して以下の事項が決定された。
(1) 電子署名
ICP-Brasilという規格で認証されていない電子署名もライセンス契約の登録において認められることとなった。また、契約書の全ページに署名者のイニシャルを入れることが不要となり、その代わり、代表者が、提供された情報や文書の真実性を証明することが必要となった。
(2) 証人による署名
INPIは、2人の証人による契約書への署名を要求していたが、契約書がブラジルで署名されている場合は、2人の証人による署名は不要とした。なお、ブラジルでは、私的契約一般について、証人2人が署名することによって、契約当事者が錯誤や脅迫なしに契約を締結したことが推定され、契約書に基づき強制執行する際、契約書が強制執行の債務名義になり得る。かかる債務名義を得る目的においては、ライセンス契約も引き続き2人の証人による署名が必要となる。
(3) 登録時の定款等の提出
INPIへの登録申請時に会社定款等の書類の提出が不要になった。
(4) ノウハウのライセンス
INPIは、従前は特許化されていない知的財産権(ノウハウ)についてのライセンス契約を実質的に認めておらず、契約の登録は認めるものの、登録証に、「ノウハウのライセンス契約は無効である」との注記を記載していた。INPIはかかるスタンスを変更し、ノウハウのライセンス契約を認めた。