※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2023年7月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.生成AI
人工知能(AI)という概念は数十年前から存在するが、近年、生成AI(ジェネレーティブAI)という概念が大きな注目を集めている。生成AIとは、サンプルデータをもとに、一定の指示(プロンプト)に従い画像、文章、音声、プログラムコードなどさまざまな創作物を自動的に生成することのできる人工知能をいう。OpenAI社がチャット形式のAIであるChatGPTを発表したことで、生成AIが専門家ではない一般の人の間でも一気に浸透した。一方で、AIの活動が新たな法律問題を生じさせている。たとえば、AIが生成した創作物に著作権が生じるのか、AIが生成した創作物が第三者の権利を侵害した場合に誰が責任を負うのか(これは自動運転の観点でもよく議論されている)などである。既存の法律のほとんどがAIを想定した内容とはなっていないため、AIにまつわる論点を既存の法律により解決することは難しい。そのため、ブラジルを含めて多くの国でAIを取り扱う新しい法律の制定が議論されている。本稿では、生成AIに関してブラジルで議論されている法律上の論点を紹介する。
2.著作権法
(1) 誰が著作権者となるか?
AIが生成した創作物に関する法律上の論点として、創作物に著作権が発生するか、そして、著作権が発生するとして著作権者は誰かという点がまずあげられる。
ブラジルの著作権法(1998年法9610号)では、コンピューターが生成した創作物の著作権についての規定はなく、また、この点に関する裁判例も現時点ではない。著作権法では、文学、芸術又は科学の創作物を創作した自然人(Pessoa Física)を著作者としており、また、著作物は「精神的創作」(criações do espírito)とされていることから(AIに精神はないことから)、AIは著作権者にはなれないと主張する専門家もいる。一方、AIによる創作物生成の過程で自然人が何らかの形で関与していることから、それを保護すべきと主張する専門家もいる。現時点ではこの点に関する通説や裁判例はない。
(2) 他者の著作権を侵害するか?
著作権法との関連でもう一つの大きな論点は、AIが生成した創作物が第三者の著作権を侵害するか否かである。まず、ブラジルの著作権法上は、他者の著作権をAIに読み込ませることに関する特別の規定はない(日本の著作権はこの点を明示的に認めている)。アメリカでは、他者の著作権をAIが読み込むことがそもそも可能かについてすでに裁判で争われているため、ブラジルでも、今後、AIが無許諾で他者の著作物を読み込むこと自体が裁判で争われる可能性はある。
次に、生成AIは、既存の文章、画像、音楽などのデータをもとに新たな創作物を生成することから、生成された創作物が既存の著作権を侵害することは十分考えられる。たとえば、小説の要約を作成させた場合には翻案権や同一性保持権の侵害となる可能性がある。一方、生成AIが生成した創作物が結果的に第三者の著作物に類似することも起こり得る。この点の取扱いも現時点では明確ではなく、類似していること及び何らかの形で他者の著作物に依拠していることを理由に著作権侵害と判断される可能性もある一方、いわゆるフェアユースなどの根拠に基づき他者の著作権を侵害しないと主張する専門家もいる。
3.特許権及び商標権
ブラジルにおいてある発明が特許として登録されるためには、日本と同様に、新規性、進歩性及び産業上の利用可能性が必要となる。この点、AIが生成するコンテンツはすでに存在する情報やデータに依拠するため、上記の要件のうち「進歩性」が認められるのは容易ではないと一般には言われている。なお、いずれにしても、ブラジルの産業財産庁(INPI)はAI自体が発明者となることは認めないことを発表している。なお、商標も同様に、AI自体が商標権者になることはできないと解されている。
4.個人情報保護法
生成AIは、個人情報保護法(Lei Geral de Proteção de Dados Pessoais)との関連でも問題になり得る。たとえば、営業ツールを作成する目的で、ChatGPTに個人情報(取引先担当者の氏名やメールアドレスなど)を入力した場合、かかる行為は第三者(OpenAI社)に本人の許可なく個人情報を提供していることになるため個人情報保護法に違反する可能性がある。また、ChatGPTのようなサービスを提供する会社自身も、個人情報保護法に違反する形で個人情報を使用しないよう留意する必要がある。ChatGPTに関するブラジル政府の見解は発表されていないが、たとえば、イタリア政府は、ChatGPTによる個人情報の取扱い方法が明確ではないため同サービスのイタリア国内での利用を一時禁止していた。
5.AIに関する法案
現在AIに関していくつかの法案が審議されている。たとえば、2020年法案21号は、AIに関する法的枠組み(Marco Legal de Inteligência Artificial)と呼ばれ、AIの開発と適用のための原則やガイドラインを定めることを目的としている。また、2023年法案1473号は、AIによる他者の著作権侵害を防止するための対策を企業に課すことを目的にしている。