※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2024年1月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1. 電子署名の普及
書類の電子化やリモートワークの普及などを理由にブラジルにおいても電子署名の利用が拡大している。多くの会社が電子署名サービスを提供しているが、ブラジル政府も2020年から「Assinatura Eletrônica」という電子署名のプラットフォームを無償提供している。ブラジルの公共サービス管理改革省(Ministério da Gestão e da Inovação em Serviços Públicos)が2023年9月に発表したデータによると、同サービスによる電子署名はこの3年間で5000万件を超えている。
2. 電子署名に関する法律
電子署名について最初に規定した法律は暫定措置令2001年2200-2号(Medida Provisória nº 2.200-2/2001)である(同暫定措置令は暫定措置令のまま現在も効力を有している)。同暫定措置令に基づき、国立情報技術研究所(Instituto Nacional de Tecnologia da Informação)により認証されたICP-Brasil(Infra-Estrutura de Chaves Públicas Brasileira)という公開鍵基盤によるデジタル証明書が発行できるようになった。そして、上記暫定措置令は、ICP-Brasil基準の電子署名に基づき署名された文書は真実であると推定されると規定した。しかし、ICP-Brasil基準の電子署名を利用するためにはある程度のコストが発生するため、日常的に利用するにはハードルがあった。そこで、2020年に法14063号が制定され、後述のとおり電子署名の種類を増やし、取引や行為のリスクに応じて異なる電子署名を使えるようにした。そして、2023年に、電子署名により署名された文書についても裁判外の債務名義として認められることを規定した2023年法14620号が制定された。
3. 電子署名の種類
2020年法14063号は、以下の3つの電子署名を規定した。
① 簡易電子署名(Assinatura eletrônica simples)
② 高度電子署名(Assinatura eletrônica avançada)
③ 適格電子署名(Assinatura eletrônica qualificada)
これらは署名者の本人確認や使用されるセキュリティ対策によって分類されている。簡易電子署名における本人確認は簡易な方法で行われ(個人納税者登録番号(CPF)、電子メール、パスワードなどの一般的な本人確認方法)、セキュリティもほかに比べればそれほど高度なものは要求されていない。高度電子署名における本人確認はデジタルID(これは必ずしもICP-Brasil基準である必要はない)が利用されるため署名者が実際に本人であることの証明が容易になる。また、高度電子署名では署名された文書の変更が検知できるようになっており、セキュリティ対策も高いレベルが要求される。適格電子署名はICP-Brasilに準拠したデジタルIDにより本人確認が行われ、セキュリティ対策も最も高いレベルが要求される。
それぞれの電子署名は取引や行為のリスクの大きさや重要性によって使い分けられている。簡易電子署名は、公的機関のサービスに関する予約などリスクの低い取引に使用される。高度電子署名は重要な取引で使用される。たとえば、銀行に関する取引については一般に高度電子署名が要求される。適格電子署名も重要な取引で使われるが、適格電子署名の利用が法律で義務付けられているものもある。たとえば、特別な医薬品に関する処方箋の発行や不動産の譲渡に関する契約などである。
4. 裁判外の債務名義
債務者に対して強制執行する方法は大きく分けて2つある。裁判上の債務名義に基づく場合と裁判外の債務名義に基づく場合である。裁判上の債務名義のもっとも一般的なものは裁判所による判決である。裁判外の債務名義には小切手、手形、公正証書、証人(Testemunha)2人の署名がある契約などがある。裁判外の債務名義を有していれば裁判を提起して自らの権利があることを主張・立証する必要がない。2023年法14620号は、裁判外の債務名義のうち、証人2人の署名がある契約について大きな改正を行った。
ブラジルでは、契約書を作成する際に、契約の当事者以外に2人の証人が署名することが一般的である。証人2名が契約書に署名することで、契約の存在、真正性及び完全性が担保されるという理解のもと、証人2名の署名があれば裁判外の債務名義として認められているためである。この点、電子署名による契約締結の場合、電子署名プラットフォームにより本人確認が行われているため、証人2名による署名がなくても、契約の存在、真正性及び完全性が担保されるのではないかということが大きな議論となっていた。高等司法裁判所は、証人2名による署名がなくても裁判外の債務名義になり得るとの判断を示していたが、2023年法14620号は民事訴訟法を改正する形で証人2名の署名がなくても裁判外の債務名義になり得ることを法律上も明記した。具体的には、民事訴訟法784条に新たに4項が追加され、裁判外の債務名義に関して、「電子署名プラットフォームによってその完全性が認証された場合には、証人の署名は不要となる」と規定された。同項は電子署名の種類について「法律で規定されたあらゆる種類の電子署名が認められる」と規定しているが、適格電子署名以外の署名でも裁判外の債務名義になり得るかは議論がある。今後この点は裁判例の積み重ねにより明確になっていくものと思われるが、裁判所の判断が確立するまでは重要な取引に関しては適格電子署名を利用することが推奨される。