※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2024年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.はじめに
ブラジルで生活をしたことがある人やビジネスを行ったことがある人には自明のことであるが、ブラジルのインフレ(インフレーション)率は恒常的に高く、また、金利も高い。インフレ率については通貨がレアルに切り替わった以降(1994年)は10%未満で推移しているが、過去には年間2,947.73%を記録するなどインフレが社会生活に大きな影響を及ぼしていた。そのため、法律の世界もインフレを前提に設計されている。金利については、ブラジル中央銀行のデータによれば1993年3月から2024年6月までの平均政策金利(SELIC)は12.25%であり、市中の貸出金利は世界の中でも非常に高い。そのため、金利についても法律上問題となることが多い。
日本では過去30年近くほぼインフレがない状態であったため、経済活動においてインフレを意識することはほとんどないが、ブラジルでは、インフレ率に応じて日用品やサービスの価格が毎年上がることが一般的である。法的な観点では、たとえば、雇用主は、労働協約により定められる昇給率(インフレ率などに基づき決定される)に従って従業員の給料を毎年上げる必要がある。また、ある金銭債権が裁判で争われた場合、裁判が確定し実際に支払われるまで(数十年に及ぶこともある)債権額がインフレ調整されるため(かつ金利も加わる)、債権額が当初の金額と大きく異なることは珍しくない。
本稿では、インフレ率や利息に関して最近出された法改正及び裁判例を紹介する。
2.金銭債務不履行時のインフレ調整及び延滞利息に関する法改正
(1) インフレ調整
売買代金や借入金の支払債務などの金銭債務の不履行時のインフレ調整を規定していた民法309条が2024年法14905号により改正された。同条は、「債務が履行されない場合、債務者は、損害賠償、利息、定期的に公表される公的指数に基づいて調整された金額及び弁護士費用を負担する」と規定されていたが、改正により、本文と単項という構成に変更され、本文は「債務が履行されない場合、債務者は、損害賠償、利息、調整された金額及び弁護士費用を負担する」とされ、単項として「金額の調整に関して当事者間の合意がない場合又は特定の法律で定められていない場合は、ブラジル地理統計院(Fundação Instituo Brasileiro de Geografia e Estatística :IBGE) が定める拡大消費者物価指数(Indice Nacional de Preços ao Consumidor Amplo :IPCA)という指標が適用される」という条文が新たに規定された。従前は当事者間の合意がない場合は裁判例に従い様々な指標が用いられていたが、今後は、拡大消費者物価指数に従いインフレ調整されることになる。
(2) 金利
2024年法14905号は金利についての民法の規定も改正している。民法591条は、「経済的目的を有する契約には利息が発生するものとし、その利息は、406条に規定される率を超えてはならない」と規定されている。2024年法14905号は、同条で言及されている406条を改正し、「利息又は利率について当事者間で合意されていない場合、又は、特定の法律で定められている場合、法定利率による」とした。そして、新設された同条1項において、法定利率はSELICからIPCAを差し引いた率とすることが規定された。
さらに、2024年法14905号は、高利貸法(1933年政令22626号)で規定されている利息の上限(法定利率の2倍)は、法人間の契約、社債又は有価証券による取引、金融機関との契約などには適用されないことを規定した。
3.精神的損害賠償請求のインフレ調整
高等労働裁判所(Tribunal Superior do Trabalho:TST)の裁判例(見解)の統一を図る機関である個別紛争専門部は、2024年6月に、合憲性直接訴訟58号(ADC58)における連邦最高裁判所(STF)の見解に基づき、精神的損害(慰謝料)が認められた場合の賠償額のインフレ調整を、訴訟提起時の政策金利(SELIC)に遡ってインフレ調整することを決定した。高等労働裁判所の部によって、賠償額が確定した時からインフレ調整すべきとする見解と訴訟提起時に遡ってインフレ調整すべきとする見解の相違があったため、個別紛争専門部が判断の統一を図った。
この決定により、インフレ調整の起算日が早まることになるため、企業に財務的なインパクトを与える。
4.1980年代の労働債権のインフレ調整
高等労働裁判所第7部は2024年6月、労働債権のインフレ調整の方法について新たな判断を示した。この判断も上述の合憲性直接訴訟58号(ADC58)における連邦最高裁判所の見解に適合させる目的で示されたものである。高等労働裁判所の本見解のもととなった事件は1980年代に争われた労働債権に関して1989年に提起された集団訴訟である。同集団訴訟は2010年に雇用主側の敗訴で終結したが、その後執行の段階でインフレ調整の方法を巡って労働者が個別の訴訟を提起した。これに対して、高等労働裁判所は、インフレ調整に適用される指標について、裁判前の段階、1989年の集団訴訟提起時点、1995年法9065号が施行された以降と3段階に分けて異なる指標を用いてインフレ調整することを示した。