※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2025年1月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.はじめに
2024年8月30日から2024年10月8日まで、ブラジルで、X(旧Twitter)のサービスが停止された。筆者もその期間にブラジルに滞在していたが実際にXを見ることはできなかった。
この問題は、ブラジルの連邦最高裁判所(STF)が、選挙期間中に虚偽情報を拡散していたとして特定のボルソナロ支持者グループのアクセスを制限する決定を下したことに端を発する。その後、X社が政府の要求に応じなかったことや、司法命令に従わなかったことが重なり、最終的にXのサービス停止に至った。この問題については、X社のオーナであるイーロン・マスクが、連邦最高裁判所の本件の担当者であったアレクサンドレ・デ・モラエス判事を、Xで、「言論の自由は民主主義の基盤であり、ブラジルの選挙で選ばれていない擬似判事が政治的な目的でそれを破壊している」と批判し、それに対して、モラエス判事が、「言論の自由は重要だが、それは法律の範囲内で行使されるべきである」と反論するなど、ブラジルでは大きな注目を浴びた。
本記事では、この一連の出来事を時系列順に説明し、法的観点からの解説を行う。
2.Xのサービス停止に至る経緯
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- 2023年1月8日、ブラジルの首都ブラジリアにある議会や大統領府を前大統領であるボルソナロ支持者のグループが襲撃した。
- 2023年1月9日、モラエス判事は、襲撃に関連する特定のアカウントを削除するようSNSプラットフォームに命じた[i]。
- 2023年1月9日、Meta(Facebook、Instagram及びWhatsApp)が襲撃に関連するアカウントの削除及び停止を開始することを発表する[ii]。
- 2024年4月6日、X社が一部のアカウントの停止を裁判所から命じられたことを公表した[iii]。イーロン・マスクは、裁判所の命令が違憲であることを理由に停止されたXのアカウントを復活させる意向を表明した[iv]。また、モラエス判事の辞任か弾劾を求めると投稿した[v]。
- 2024年4月7日、モラエス判事は、司法妨害を理由にイーロン・マスクを調査対象に含めると公表した[vi]。
- 2024年6月6日、X社を除くSNSプラットフォームは連邦最高裁判所の偽情報対策プログラムに参加する協定に署名した[vii]。
- 2024年8月7日、モラエス判事は、特定のボルソナロ支持者グループのアカウントを2時間以内に停止すること、及び、停止しなかった場合には1日あたり5万レアルの罰金を科すことをX社に命じ、当該命令はX社に8月12日に送達された。X社がかかる命令に従わなかったことから8月13日から罰金が科せられた。
- 2024年8月16日、モラエス判事が、X社の役員に対して、裁判所の命令に従わない場合には1日2万レアルの罰金を科すこと及び従わない場合には禁固刑に科すことを通知した。
- 2024年8月17日、イーロン・マスクは、モラエス判事が同社の代表者を逮捕すると脅迫したことを理由にブラジルのオフィスを閉鎖することを発表した[viii]。
- 2024年8月18日、X社の銀行口座凍結の命令が出される。
- 2024年8月24日、イーロン・マスクがオーナ―であるスターリンク社の銀行口座がX社との「事実上の経済グループ」であることを理由に凍結された。
- 2024年8月28日、連邦最高裁判所はX社に対して新たな代表者を24時間以内に指名するよう命じ、サービス停止を含む制裁を課すと警告した。
- 2024年8月30日、モラエス判事は、X社が新たな代表者を指名しなかったため、ブラジル全土でのXのサービス停止を命じた。
- 2024年10月8日、連邦最高裁判所は、X社が罰金を支払い、また、新たな代表者を指名したことからXのサービス再開を許可した。
- 2024年9月13日、連邦最高裁判所はX社とスターリンク社の銀行口座から合計3百万ドルを罰金として差し押さえた[ix]。
- 2024年9月20日、X社は新たな代表者を任命した[x]。
- 2024年10月4日、X社は罰金合計2860万レアルを支払い、サービス再開を求めた[xi]。
3.法的観点からの考察
連邦最高裁判所が2024年8月30日に公表した決定書(Pet 12404)によれば、連邦最高裁判は、X社への罰金支払い命令及びXサービスの停止の法的根拠として以下の法律に言及している。ただし、同決定書だけでは不明点も多いため(たとえば、50,000レアルの罰金の算定根拠など)、本稿では同決定書で言及された法律について触れるにとどめる。
- 憲法
X社(イーロン・マスク)は、一定のユーザーのアカウント停止を求めた連邦最高裁判所の要請は憲法が認める表現の自由に反すると批判したが、それに対して連邦最高裁判所は、表現の自由は他者を侵害する自由までは有さないと述べている。 - インターネット法(法第12965号)
インターネット法は、アプリ提供者に対して、ブラジルの法令、プライバシー、個人情報、消費者保護の保護等を義務付けている(2条、3条、11条等)。そして、12条2号及び3号において、11条に反する場合には罰金及び事業停止の罰則を受けることが規定されている。さらに、11条2項において経済グループが規定されている。19条は、アプリ提供者が裁判所が命じた措置を実施しない場合に責任を民事上の負うと規定している。Xが特定の違法コンテンツを削除しなかったこと及びXが政府の警告を無視し続けたことに対して罰則を科した。 - 刑法、組織犯罪法(2013年法12850号)
刑法286条は犯罪を扇動した場合は禁固刑又は罰金が科せられると規定し、刑法359条は裁判所の決定により停止された活動を行った場合に禁固刑又は罰金が科せられると規定し、組織犯罪法2条1項で組織犯罪に関与する行為は禁固刑及び罰金と規定している。連邦最高裁判は、X社の大株主であるイーロン・マスクが最高連邦裁判所と高等選挙裁判所の行動に関する偽情報キャンペーンを開始したこと、司法判断への不服従したこと、司法妨害を扇動したこと、将来的な協力を否定したことなどについて言及している。 - その他
また、X社の親会社は、民法に従いブラジル国内に代理人を選任する義務があること、「経済グループ」という概念を用いて、ブラジルのX社だけではなく、その親会社や関連会社(スターリンク社やSpace-X社など)が罰金の支払いについて連帯責任を負うとも認定している。
[i] https://oglobo.globo.com/politica/noticia/2023/01/influencer-arrependido-encapuzado-e-fake-news-sobre-infiltrados-quem-sao-os-perfis-suspensos-por-moraes-nas-redes-sociais.ghtml
[ii] https://www.bbc.com/portuguese/brasil-64208677
[iii] https://www.reuters.com/technology/x-challenges-brazils-forced-order-block-certain-accounts-2024-04-07/、https://x.com/GlobalAffairs/status/1776729732970594483
[iv] https://x.com/elonmusk/status/1776742819111330202、https://www.reuters.com/technology/x-challenges-brazils-forced-order-block-certain-accounts-2024-04-07/
[v] https://x.com/elonmusk/status/1776989005848207503
[vi] https://jp.reuters.com/economy/industry/F4MZIAWHYVMKTN3ZPCOPZ5IIEY-2024-04-08/
[vii] https://www.metropoles.com/brasil/sem-x-stf-assina-acordo-com-plataformas-para-combater-desinformacao
[viii] https://www.cnbc.com/2024/08/17/x-says-it-is-closing-operations-in-brazil-due-to-judges-content-orders.html
[ix] https://apnews.com/article/starling-supreme-court-brazil-afb5262691e02736deda08b8db752718
[x] https://www.tecmundo.com.br/internet/289875-x-nomeia-representante-brasil-decisao-desbloqueio-tem-novo-prazo.htm
[xi] https://www.cnnbrasil.com.br/politica/volta-do-x-relembre-detalhes-do-bloqueio-ate-a-decisao-de-liberacao-da-plataforma/