※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2025年5月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.はじめに
ブラジル企業法務において、汚職行為の防止は過去数十年高い関心を集めてきた。特に、2014年に施行された腐敗防止法(2013年法12846号)は、汚職行為に関する企業の責任を明確化することで、企業のコンプライアンス意識を高めたという観点で重要な役割を果たしている。本稿では、腐敗防止法の施行から10年が経ったことを踏まえ、汚職行為に対する最近の執行状況や今後の展望について紹介する。
2.汚職行為に対する執行状況
汚職を監督する国家総監督局(Controladoria-Geral da União、以下「CGU」)のデータによれば、連邦政府機関は、2024年に257件の行政責任訴訟(Processos Administrativos de Responsabilização)を開始し、うち224件が2025年1月の時点で係争中である。主な起訴内容は、入札談合(91件)、公務員への不正な利益提供(73件)、行政契約における不正(63件)である。
また、CGUと連邦総弁護庁(Advocacia-Geral da União)は、2024年に合計2億9059万4876.92レアルの支払いが規定された3件のリニエンシー契約を締結した。2025年1月の時点で21件のリニエンシー契約の交渉が進行中であるため、2025年にも多数のリニエンシー契約が締結される見込みである。
3.和解制度の導入
腐敗防止法に違反する行為を行った企業はリニエンシー契約(司法取引)の締結を管轄当局に申し立てることが可能である。ただし、リニエンシー契約の申立ては1企業しかできないことや、管轄当局が認識していない新たな証拠を提出するなどの要件を満たす必要があることから、リニエンシー契約を申し立てられない場合もある。そのような場合に企業が違反行為を認めて早期解決を図る制度として早期決定(Julgamento Antecipado)という制度が設けられていたが、早期決定を利用するためには企業が汚職行為に関する責任を認める必要がある(その結果としてその後の民事上の損害賠償請求を受ける可能性がある)などの問題点がありその利用を躊躇する企業も少なくなかった。そこで、CGUは、2024年にこの早期決定制度を廃止し、新たに和解制度(Termo de Compromisso)を創設した。和解制度は早期決定制度と異なり汚職行為に関する責任を認める必要がなく、また、早期決定制度と比べてその内容や要件が詳細に規定されているため法的確実性が改善された。和解制度により、より多くの事件が早期に解決されることが期待される。
4.CGU作成の各種ガイドライン
2024年、CGUは、企業統治をテーマとした各種のガイドラインを公表した。たとえば、2024年8月に公表された「インテグリティ・プログラム:民間企業向けガイドライン(第2巻)」(Programa de Integridade: Diretrizes para Empresas Privadas – Vol II)は、企業に対して、単なる汚職防止だけではなく、環境、社会、ガバナンス(ESG)に関する問題についても対処することを求めている。また、2024年11月に公表された「インテグリティ・プログラム:民間企業の持続可能な実践」(Programa de Integridade: Práticas Sustentáveis para Empresas Privadas)は、汚職、詐欺及び環境への影響のリスクが高い企業における違法行為の防止と対策に関するガイドラインである。これらのガイドラインにより、CGUが企業のコンプライアンス関連プログラムをどのように評価するのかについて理解できる。
5.新たなコンプライアンスプログラム制度の開始
CGUは、適切なコンプライアンスプログラムを実施している企業を認証する制度としてPró-Éticaという制度を有しているが、2024年に、企業インテグリティブラジル協定(Pacto Brasil pela Integridade Empresarial)というPró-Éticaと同趣旨の新たなコンプライアンスプログラム制度を創設した。企業インテグリティブラジル協定はPró-Éticaと異なり、CGUが企業のコンプライアンスプログラムを評価・認証するものではなく、企業が自主的に自社のコンプライアンスプログラムを評価するための指針を与えるものである。これもCGUが幅広い企業が適切なコンプライアンスプログラムを有することを求めていることの表れと理解できる。
6.人工知能(AI)ツールの活用拡大
2024年、CGUは、疑わしい入札を分析するためのAIツールを州及び自治体も利用できるようにした。これは、公的機関が不正行為の検出のためにいかにAIを活用しているか示すものである。一方、民間企業においても、コンプライアンスプログラム(苦情チャネルの管理、データと取引の分析、リスク評価、内部調査など)の導入と運用において、AIツールの利用が奨励される。
7.透明性、資産調査、資産回収
国家汚職・マネーロンダリング対策戦略(Estratégia Nacional de Combate à Corrupção e à Lavagem de Dinheiro)は、2025年に優先されるべき汚職・マネーロンダリング対策に焦点を当てた新しい行動計画を策定した。特に注目すべきは、法人格の透明性を高め、最終受益者が適切に特定されることを目的とした2025年行動計画3号(Ação 03/2025)と、資産の調査及び回収の課題に関して、新しい方法と技術を研究することを目的とした2025年行動計画8号(Ação 08/2025)である。この背景には、企業が汚職行為に関して有罪判決を得ても不正に取得された利益を回収できないことが少なくない現状がある。