※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2026年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1. PCC・CVと米国によるテロ組織指定の背景
ブラジルには、PCC(Primeiro Comando da Capital)とCV(Comando Vermelho)という二大犯罪組織が存在する。いずれも刑務所内で誕生した組織であるが、その後大規模な麻薬密売ネットワークへと発展した。PCCは麻薬取引にとどまらず、フィンテック企業、不動産ファンド、ガソリンスタンド、建設会社など合法的な事業にも深く浸透している。
こうした中、2026年5月から6月にかけて、米国国務長官は、PCC及びCVを米国法上のテロ組織(Foreign Terrorist Organization及びSpecially Designated Global Terrorist)に段階的に指定した。これはトランプ政権が2025年2月にメキシコのシナロア・カルテル等をテロ組織に指定したのと同じ枠組みのブラジルへの拡大である。なお、ブラジル政府は、PCC・CVは経済的利益を目的とする犯罪組織に過ぎず「テロ組織」ではないとし、主権への懸念や米国法の域外適用への反発を理由に、テロ組織としての指定を拒否していた経緯がある。
2. テロ組織指定の法的効果
テロ組織指定は、ブラジルで操業する企業にとって、これまで意識する必要のなかったリスクを新たに生じさせるものである。
従来、PCC・CVの影響下にある地域でのビジネス上の困難(例えば、物流の障害、保護料の要求、サプライチェーンへの犯罪組織の浸透)は、単に現地従業員の身の安全やオペレーション上の問題に過ぎなかった。しかし、テロ組織指定により、これらの問題は米国テロ対策法への違反及び重大な制裁のリスクに転換した。
テロ組織指定の最も重要な効果は、外国テロ組織に対する「物質的支援(material support)」の提供が米国連邦法上の犯罪となることである。「物質的支援」は極めて広く定義されており、金銭的貢献に限らず、物品・サービスの提供、金融サービス、物流支援、輸送、人員の派遣まで含まれる。正当な対価を得た通常の商取引であっても、相手方がテロ組織やその関連企業であれば違法となり得る。テロ活動を支援する意図は要件とされず、取引相手がテロ組織の関連企業であることを認識していれば足り、その取引がテロ活動にどう関係するかまで知っている必要はない。さらに、米国法は強要や脅迫による抗弁を一般的に認めていないため、保護料の支払いが強要されたものであっても違法とされる可能性がある。
そして、これらの規制には広範な域外適用がある。米ドル建て取引、米国の中継銀行の利用、米国系投資家・人員の関与など、何らかの「米国との接点」があれば米国法が適用され得る。国際取引の多くが米ドルを介する現実を踏まえると、ブラジルで操業する企業のほとんどが潜在的に影響を受ける。
違反時の制裁は極めて重大である。刑事罰として最大20年の禁固刑(死亡者が出た場合は終身刑)が科され得るほか、米国財務省による経済制裁として取引額の2倍の民事罰金が課される。加えて、PCC・CVの暴力行為で被害を受けた米国市民やその遺族から民事訴訟を提起され、3倍賠償を請求されるリスクもある。
3. ブラジル進出企業への影響と対応
PCCが合法的な事業に浸透している以上、リスクは直接的な接触だけでなく、販売代理店、物流業者、下請業者、現地パートナーなどの仲介者を通じて間接的に生じる。特に、農業、エネルギー、物流・輸送、建設、金融サービスといった、現地サプライチェーンに深く依存する業種や、現金取引の比率が高い業種は注意が必要である。
また、米国司法省は2025年2月、海外腐敗行為防止法(FCPA)の執行についても犯罪組織の活動を促進する贈賄を優先的に捜査する方針を示しており、米国のテロ対策法、経済制裁法、腐敗防止法、マネーロンダリング法が重層的に適用されるリスクが生じている。
メキシコのカルテルがテロ組織に指定された後、米国当局はカルテル関連の個人・企業に対する追加制裁、金融機関向けのアラート発出、カルテルの活動を促進した企業への起訴を積極化しており、同様のパターンがブラジルでも展開される可能性は高い。
ブラジルに進出する日本企業としては、取引先のスクリーニング強化、サプライチェーン調査、恐喝要求発生時の対応プロトコルの整備などが求められる。
4. おわりに
テロ組織指定はブラジル法上の新たな義務を直接生じさせるものではないが、米国法上のリスクを通じてブラジルでの事業環境を大きく変える。ブラジル政府はテロ組織としての指定に反発しているが、企業の立場からは、米国法に基づくリスクが現実に存在する以上、コンプライアンス体制の見直しは避けて通れない課題である。なお、ブラジル国内でも、2026年7月にブラジル証券取引委員会が決議245号を公布し、証券会社等がマネーロンダリング対策が不十分とされる国・地域に拠点を置く投資家を受け入れる際に、身元確認や実質的支配者の特定を従来より厳格に行うことを義務化した。米国法上のリスクとブラジル国内の規制強化が同時に進行していることは、コンプライアンス体制の見直しの必要性を一層高めている。
以上