1.はじめに
インドにおいて、労働関係法のうち主要な連邦法が4本の法律に再編され、2019年賃金法(The Wages Act, 2019)、2020年労働安全衛生法(The Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)、2020年社会保障法(The Code on Social Security, 2020)および2020年労使関係法(The Industrial Relations Code, 2020)が順次成立した(以下これら4本の労働関連法を「改正労働法」と総称する。)。
本号では、改正労働法のうち、2020年労使関係法を取り上げてその概要を紹介する。なお、改正労働法のうち、2020年労働安全衛生法については、インド最新法令情報2020年10月号を参照されたい。
2.2020年労使関係法の概要
2020年労使関係法(以下、「労使法」とする。)は、1947年産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)、1926年労働組合法(Unions Act, 1926)、1946年産業雇用(就業規則)法(the Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)を統合するものであり、その内容は、労働組合やストライキ・ロックアウトなど、集団的労使関係を整理したものである。連邦議会で可決された後、2020年9月28日に大統領の承認を得たことによって成立したが、施行日(中央政府により通知されることとなっている)は未定である。
以下では、労使法における主要なポイントを紹介する。
項目
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概要
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労働者の整理解雇
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- 労働者の整理解雇の手続要件に変更はないが、この手続が適用される「労働者」の範囲が拡大したことに伴い、整理解雇が困難な「労働者」として取り扱われる事例が増加する可能性がある。
※これまでの「労働者」(“workman”)の定義では「月給が10,000ルピー以上であり監督者として雇用された者、又は主として管理のために雇用された者」が除外されていたが、労使法上の「労働者」(“worker”)においては「月給が18,000ルピー以上であり監督者として雇用された者、又は主として管理のために雇用された者」が除外されることとなった。
- 100 名以上 300 名未満の労働者を雇用する工場等が「特別産業施設」の定義に含まれなくなったことに伴い、このような工場等において労働者を整理解雇しようとする場合には、政府の承認の取得等の加重された手続を取る必要がなくなった。したがって、実務上、上記の工場等における整理解雇は容易になったと考えられる。
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ストライキ・ロックアウトの通知
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- 労働者がストライキを起こすためには、その14日前から60日前までの間に使用者に通知することが必要となった。ただし、当該通知にストライキ開始日が記載されている場合は、当該日付まではストライキを起こすことができない。したがって、労働者側からみれば、ストライキを起こすことが困難になったといえる一方、使用者側からみれば、労働組合と交渉する期間を確保できることとなり、ストライキを回避できる可能性が増加した。
- また、使用者がロックアウトを実行する場合も、上記と同様の事前通知が要求される。そのため、使用者側によるロックアウトも困難となり、労使間の団体交渉がより促進されると考えられる。
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労働組合に関する定め
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- ある事業所に労働組合が複数ある場合、当該事業所における51%以上の労働者が加入している労働組合を「交渉組合」(“Negotiating Union”)とし、「交渉組合」は当該事業所のすべての労働者を代表して使用者と交渉できることが定められた。
- ある事業所に51%以上の労働者が加入している労働組合が存在しないために「交渉組合」を決めることができない場合には、「交渉協議会」(“Negotiating Council”)を設置する必要があり、「交渉協議会」が使用者と交渉することとなった。「交渉協議会」は、当該事業所における20%以上の労働者が加入する全ての労働組合から1人ずつ選出された代表者らによって構成される。
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就業規則の作成・認証義務
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- これまで就業規則作成義務のあった、100人以上300人未満の労働者を雇用する産業施設については、就業規則を作成し、認証官の認証を受ける義務の対象外となった。なお、中央政府は就業規則のひな形を作成することとなっている。
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労働者再スキル基金
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- 政府により「労働者再スキル基金」が設立され、 解雇された労働者に対し、15 日分の賃金に相当する額の支払いがされることとなった。
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苦情処理委員会の設置義務
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- 20 人以上の労働者を雇用する事業所においては、 独自の苦情処理システムを導入しているか否かに関わらず、苦情処理委員会の設置をすることが必要となった。
- 苦情処理委員会の委員は、合計10人以下とされ、労使それぞれから同数選出され、労働者代表委員の女性比率は当該事業所における労働者の女性比率以上でなければならない。
- 苦情処理委員会の決定に不服のある労働者は、自らの所属する労働組合を通して、調停官に対して調停手続を申し立てることができる。
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紛争解決機関
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- これまで労働紛争の解決機関としては調停委員会、調査裁判所、労働裁判所、産業審判所、国家産業審判所等が用意されていたが、労使法においては、調停官、産業審判所及び国家産業審判所に整理された。
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3.コメント
労使法は、基本的には、使用者側と労働者側の双方の利益を実現することを目的としており、ある程度合理性のある改正事項が多いものと思われる。ただし、遵守事項を確定するためには、事業所が属する州法を併せて確認する必要があり、また、労使法が施行された後に細則にて手続等の詳細が規定される可能性もある点には留意すべきである。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/奥村文彦/本間 洵
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