第1 はじめに
2020年 7月23日、インド中央政府は、消費者保護(Eコマース)規則2020(Consumer Protection (E-Commerce) Rules, 2020。以下「EC規則」という。)を公表し、同日施行した。インドでは、消費者によるECサイトの利用は活発であるものの、近年、ECサイト上での、大量の模倣品の流通が社会問題となっている。その解決のため、インド中央政府は、2018年以降、ECサイトを利用する消費者を保護するための法令の改正に関する議論を重ねてきた。本号では、このような改正の一つであるEC規則の概要を紹介する。
第2 EC規則の概要
EC規則は、EC取引における、詐欺、不公正な取引慣行を防止し、消費者の正当な権利と利益を保護するための指針であり、EC事業者の責任等について規定している。EC規則の概要は、以下のとおりである。
1 定義
(1)EC取引(e-commerce)
電子ネットワークを介した商品又はサービスの提供
(2)EC事業者(e-commerce entity)
EC取引を行うためのプラット・フォームなどを所有、管理又は運営する事業者
(3)在庫型EC事業者(inventory e-commerce entity)
商品又はサービスの在庫を保持し、これらを直接消費者に提供するEC事業者
(4)マーケット・プレイス型EC事業者(marketplace e-commerce entity)
買主・売主間の取引を媒介する電子ネットワーク上のプラット・フォームを提供するEC事業者
2 適用対象
EC規則は、インド国内の消費者を対象とする全てのEC取引に適用される。なお、EC規則は、インド国外の事業者がインド国内の消費者に対して商品又はサービスを提供する場合にも原則的に適用されるため、日本に所在する企業にも適用され得る点に留意されたい。
3 各主体の主な義務
(1)EC事業者(マーケット・プレイス型EC事業者および在庫型EC事業者に共通)
・EC事業者の名称・所在地・連絡先等の情報を表示すること
・不公正な取引を行わず、又は、行わせないこと
・適切な苦情処理手続を定め、また、苦情処理に関する責任者を選任すること
・輸入品を提供する場合、輸入元に関する情報を表示すること
・EC事業者による一方的な解約の場合、消費者に対してキャンセル料金を課してはならないこと
・商品又はサービスの購入に関する消費者の明示的な同意を記録すること
・消費者による返金の申し出があった場合、合理的な期間内に返金を行うこと 他
(2)マーケット・プレイス型EC事業者
・ECサイト上に出品されている商品等の説明・写真等が、実際の商品と外見・品質等に合致することを出品者に確保させること
・出品者、解約、返金、苦情処理手続、支払方法等に関する情報をECサイト上にわかりやすい方法にて表示すること
・マーケット・プレイス型EC事業者・出品者間の適切な利用規約を制定すること
・他者の知的財産権を侵害する商品を反復して出品した出品者を記録すること 他
(3)出品者
・不公正な取引を行わないこと
・自らが出品した商品等について消費者であると偽って自ら評価しないこと
・商品の到着遅延、商品の瑕疵、誤った商品の配送、広告に記載された商品の性質と実際の商品の性質の不一致等を理由とする返品を拒否してはならないこと
・EC事業者と書面による契約を締結すること
・広告に記載された商品の性質と実際の商品の性質を一致させること
・商品や配送方法に関して適切な情報をECサイト上にて表示すること 他
(4)在庫型EC事業者
・返金、返品、交換、保証、支払方法、配送方法、苦情処理、商品等に関する情報をわかりやすい方法にて提供すること
・自らが出品した商品等について消費者であると偽って自ら評価しないこと
・広告に記載された商品の性質と実際の商品の性質を一致させること
・商品の到着遅延、商品の瑕疵、誤った商品の配送、広告に記載された商品の性質と実際の商品の性質の不一致等を理由とする返品を拒否してはならないこと
・商品の真正に関する保証を行った場合には、適切な責任を負担すること 他
第3 おわりに
2018年のLocal Circles社による調査では、インドにおいて、ECサイトを通じて販売されている商品の約20%は模倣品であると報告されている。模倣品は、品質面および安全面において、劣悪かつ一定の基準に達していないことが多く、ECサイト上で、正規品と信じて模倣品を購入した消費者に対して深刻な被害を与えていた。また、模倣品の販売による収益が、犯罪組織の資金源になっているとの批判もあった。EC規則の施行により、模倣品の流通が減少し、このような状況が改善されることが期待される。
また、EC規則の施行は、消費者の保護のみならず、知的財産権の保護にも資するものである。すなわち、従前、日系企業を含む海外の事業者は、模倣品の出品者に対して法的措置を講じることが容易ではなく、多くの場合、知的財産権の侵害を十分防ぐことができないという状況があったが、EC規則により、EC事業者や出品者に一定の義務が課されることで模倣品自体が減り、このような状況が改善することが期待されている。ただし、一度ECサイトから削除された模倣品が再度出品される可能性もあり、個々の企業において、自社商品の知的財産権を保護するために、今後も継続して積極的な模倣品対策を実施していく必要があろう。この点、カシオなどの日系企業が、EC事業者に対して模倣品の販売差止訴訟を提起し、勝訴する事例も現れており、必要に応じて訴訟提起に踏み切るという選択肢も検討すべきである。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/白井紀充/宮村頼光
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