第1 はじめに
従前、インド国外に所在する日系企業(以下「日系企業」という。)がインド国内に所在する現地企業(以下「インド国内企業」という。)から一定の類型の損害賠償金の支払いを受ける場合、インド準備銀行(Reserve Bank of India。以下「RBI」という。)の承認を受けることが義務付けられていた。しかし、近年、このような実務に大きな変更があり、RBIの承認の取得に長期間を要したり、結果的に承認が得られないといった問題が一部解消された。
本号では、日系企業がインド国内企業より損害賠償金の送金を受ける際の留意点について説明する。
第2 従来のRBIの運用
外国直接投資を規律する1999年外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act, 1999)やRBIが制定する規則には、損害賠償金のインド国外への送金を規律する規定はない。しかしながら、RBIは、インド国内企業の保護の観点から、資本勘定取引(capital account transactions。株式等の保有・取得等に関する取引)を厳格に規制する運用を継続しており、損害賠償金のインド国外への送金についても一定の規制を課していた。具体的には、インド国外に送金する損害賠償金の基礎となる契約が資本勘定取引に該当する場合、原則として、RBIの事前承認の取得を義務付けていた。他方、経常勘定取引(current account transactions。資本勘定取引以外の取引)に該当する場合、原則として、RBIの事前承認を不要としていた。
第3 NTT Docomo Vs. Tata Sons Limited事件以降のRBIの運用
こうした中、2017年のNTT Docomo Vs. Tata Sons Limited事件以降、RBIの上記運用に変更が生じた。
NTT Docomo Vs. Tata Sons Limited事件は、日本法人であるNTTドコモ社が、タタグループの持ち株会社であるタタ・サンズ社からインドのTata Teleservices Limited社の株式を取得した後、インドから撤退するに際し、株式譲渡契約上のプットオプション条項に基づきタタ・サンズ社に対し同株式の買取を求めたところ、これに応じなかったことから、NTTドコモ社が、同契約の義務違反を理由に損害賠償請求を行った事案である。
デリー高等裁判所は、インド居住者がインド非居住者に損害賠償金の送金を行うためにはRBIの事前承認は不要である旨判示した(以下「2017年判決」という。)。
2017年判決を受けて、RBIは、損害賠償金の国外送金は、基礎となる契約内容に関わらず、RBIの事前許可を不要とする運用に変更した。これにより、日系企業は、損害賠償金の基礎となる契約が資本勘定取引に該当する場合であっても、RBIの事前承認を得ることなく、インド国内企業から損害賠償金の送金を受けることができるようになり、苦労してインド国内企業より損害賠償金を支払う旨の合意を獲得したとしても、RBIの承認が得られないために、損害賠償金を回収できないという事例が減少することとなった。
ただし、実務上、資本勘定取引に該当する損害賠償金を国外送金することに消極的な銀行もあり、例えば、裁判所が送金を許可したことを示す資料(同意判決(consent decree)等)の提出を銀行より求められる可能性がある点に留意されたい。
第4 まとめ
インドでは、契約交渉に多くの時間・費用・労力を要することが一般的であるが、仮に適切な条項の合意に至ったとしても、さらに合意内容の執行に際して、契約締結当時には予期していなかった思わぬ障壁に直面するケースがある。本号で紹介した損害賠償金の国外送金に関する問題も一例である。日系企業が、インド国内企業と契約交渉を行う際には、執行の方法についても入念に検討することが望ましい。
なお、本号の作成に当たっては、インドのJ. Sagar Associates法律事務所のManvinder Singh弁護士、Aman Parnami弁護士およびAnant Mishra弁護士に貴重なアドバイスをいただいた。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/小川聡/宮村頼光
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