第1 はじめに
2020年5月30日、インド内務省は、ロックダウンを段階的に解除する方針「Unlock1」を公表した。これにより、封じ込めゾーン以外のゾーンについては、(i)6月8日から飲食店・ショッピングモール・ホテルなどの営業再開、(ii)7月から学校の再開、(iii)時機を見て航空路線・メトロによる旅客の移動および映画・ジムの再開などがそれぞれ許可されることとなった。一方で、封じ込めゾーンでは、引き続き6月30日までロックダウンが延長されている。
これに伴い、多くの日系企業も経済活動を再開しているものと思われるが、その際には、政府が公表した職場の再開に際して従うべき標準運営手順(Standard Operating Procedure。以下「SOP」という。)を遵守する必要がある。そこで、本号では、直近のインド政府による新型コロナウイルスの対策措置を概説した上で、経済活動の再開に際して遵守すべきSOPについて説明する。
第2 インド政府による新型コロナウイルス対策措置
インド政府が6月29日までに行った主要な新型コロナウイルス対策措置のうち、日系企業に影響を与えるものは、以下のとおりである。なお、インド政府が本年5月15日までに行った主要な新型コロナウイルス対策措置については、「インド最新法令情報‐(2020年5月号)外国直接投資政策(FDIポリシー)の改正」を参照されたい。
http://www.tmi.gr.jp/global/legal_info/india/2020/india-5-5.html
- 5月17日、第4期ガイドラインが公表され、インド全土でのロックダウンを5月31日まで延長することが発表された。第4期ガイドラインでは、企業にとって大きな課題となっていた州を越える乗用車やバスの移動は、一部の地域を除き、双方の州政府の合意により許可されることとなった。これまで現地の企業は、第2期・第3期ガイドラインによる部分緩和を受け、生産活動の再開に向けて動き出したとしても、州間移動が禁止されていたため、労働者が州外から通勤することができず、労働力の確保が大きな課題となっていた。
第3 経済活動の再開に際しての職場環境の整備
1. 総論
インドには、企業による従業員の健康・安全確保措置を包括的に定める法令は存在しない。しかしながら、個別法には断片的に規定が設けられており、たとえば、1948年工場法(Factories Act, 1948)は、製造業に従事する労働者の健康・安全確保や、福祉等を定めている。
なお、包括的な職場の労働安全衛生に関する法令を制定するため、現在、大規模な労働法再編が進められており、2019年労働安全衛生法(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2019)の法案が2019年7月23日付けで下院(Lok Sabha)に上程されている。
今般インド政府が設けたSOPは、オフィスや工場等の職場の再開に際して企業が従うべき基準であり、従前のインドにおける労働関連法令上特段の定めがなかったものである。SOPは、内務省が2005年災害管理法(Disaster Management Act, 2005)に基づき発するものであるため、SOPに違反した場合、同法に基づき罰せられる可能性がある。なお、各州政府が、以下に定めるSOPよりも厳格な標準運営手順を定めることが可能である点に留意されたい。
2. 工場の再開に際して遵守すべきSOP
5月9日付けで公開された工場の再開に際して遵守すべきSOPには、以下の措置を採るべきことが定められている。なお、同SOPには、以下の事項の他、原材料の保管、製造工程、製品の保管の各過程において、遵守すべき事項も掲げられている。
(1)一般的な措置
(a) 施設の再開初週を施設稼働のテスト期間とすること
(b) 工場設備の異常の有無の確認
(c) 営業時間外の施設の施錠
(d) 備品の安全点検の実施
(e) 施設内に異常を発見した場合の当局への通報
(2)従業員に関する措置
(a) 工場敷地内の消毒(多くの従業が出入りする場所の数時間ごとの消毒などを含む)
(b) 出入口での従業員の健康チェック(体温検査、体調不良の自己申告など)
(c) 全ての従業員へのハンド・サニタイザー及びマスクの配布
(d) 従業員への感染予防に関する研修の実施
(e) 完成した製品の検疫(製品の滅菌・包装、分離及び消毒、配送手段の調整など)
(f) ソーシャル・ディスタンスを確保するための措置の実施(壁の設置など)
(g) 勤務時間の調整(共有物の使い回しの回避などの措置を含む)
(h) 感染の疑いがある者が出た場合の対応策の検討(隔離場所の用意の検討を含む)
(i) 適切な技術・知識を有する従業員が危険物質を取り扱うこと
3. オフィスの再開に際して遵守すべきSOP
6月4日付けで公開されたオフィスの再開に際して遵守すべきSOPには、以下の措置を採るべきことが定められている。なお、同SOPには、感染の疑いがある者が出た場合の措置なども詳細に掲載されている。
(1)一般的な措置
(a) 65歳以上の者、基礎疾患を有する者及び妊婦の自宅待機の推奨
(b) 6フィート(180センチ)以上のソーシャル・ディスタンスの確保
(c) マスクの着用
(d) 石けんを用いた頻繁な手洗い又はハンド・サニタイザーによる消毒
(e) 呼吸に関するエチケットの遵守(咳をする際に口を抑えることなどを含む。)
(f) 体調の自己管理及び発熱の際の上司への速やかな報告
(g) 唾吐き行為の禁止
(h) 従業員によるAarogya Setu アプリの使用(※政府が開発したGPSによる新型コロナウイルス感染者の追跡アプリ)
(2)オフィス固有の措置
(a) 出入口のハンド・サニタイザーの設置、及び出入口での検温の実施
(b) 無症状の従業員・来訪者のみの立入許可
(c) 封じ込めゾーンに居住する従業員の出勤禁止
(d) 運転手によるソーシャル・ディスタンスの維持
(e) 乗用車の消毒
(f) 感染リスクが高い者(高齢者、体調不良者等)への配慮の推奨
(g) マスクを着用した者のみの立入許可
(h) 全ての入場者の許可証の確認(いわゆる顔パスの禁止)
(i) ビデオ会議による面談の推奨
(j) ポスターの貼付・講習などによる新型コロナウイルス感染拡大防止策の従業員への周知
(k) 就業時間、昼食時間等の調整
(l) 敷地外、駐車場等でのソーシャル・ディスタンス確保の管理
(m) 駐車場の誘導員のマスク及び手袋の着用
(n) 敷地内のレストラン・カフェ等におけるソーシャル・ディスタンスの確保
(o) 敷地内で列を作る場合のソーシャル・ディスタンスを確保するための足元のマーキング
(p) 従業員、立入業者、来訪者について別々の出入口設置の推奨
(q) オフィスの定期的な消毒(特に頻繫に手が触れる箇所の消毒)
(r) トイレの石けんなどの定期的な補充
(s) オフィス備品を取り扱う際の適切な対策の実施
(t) ソーシャル・ディスタンスを確保した座席の配置
(u) エレベーターの利用人数の制限
(v) 適切な湿度及び温度に設定した空調の維持
(w) 大人数の集会の禁止
(x) 敷地内の定期的な消毒
(y) 頻繁に手が触れる箇所の定期的な消毒
(z) マスクなどの適切な廃棄
(aa) 食堂におけるソーシャル・ディスタンスの確保など
第4 まとめ
自社の新型コロナウイルス感染予防措置の履行状況は、取引先にとって、取引継続の重要な要素となる可能性があり、また、従業員の安全を最大限確保するためにも、SOPに記載されている上記の措置は可及的速やかに実施すべきである。なお、SOPの内容は定期的に変更されているため、常に最新のSOPを確認する必要がある点にはご留意頂きたい。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/白井紀充/宮村頼光
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