第1 はじめに
2020年3月25日、モディ首相は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、インド全土約13億人を対象とするロックダウンを宣言した。かかるロックダウンの影響により、現地日系企業も、取引先との間で様々なトラブル対応に追われている。具体的には、4月に入り、取引先が、新型コロナウイルスの感染拡大が契約上の不可抗力に該当すると主張し、債務を履行しない旨を一方的に通告するといったケースや、代金支払いの一時停止や遅延を通告するといったケースが頻発している。そこで、本号では、直近のインド政府による新型コロナウイルスの対策措置を概説した上で、取引上問題となる不可抗力(Force Majeure)条項の発動について詳述する。なお、インド最新法令情報(2020年2月号)でも同様の論点を紹介したが、以降、多くの深刻なトラブルが発生していることや、不可効力に関する議論が深まってきたことから、改めて紹介する次第である。
(インド最新法令情報(2020年2月号))
http://www.tmi.gr.jp/global/legal_info/india/2020/india-2-6.html
第2 インド政府による新型コロナウイルス対策措置
インド政府が本日(4月30日)までに行った主要な新型コロナウイルス対策措置のうち、日系企業に大きな影響を与え得るものは、以下のとおりである。
- 3月2日、インド未入国の日本人に対して3月3日以前に発給された全てのビザを無効とした。これに伴い、インド入国の必要がある日本人は、ビザの申請を新たに行う必要が生じることとなった。
- 3月25日、インド全土におけるロックダウンを宣言し、同日以降、インドに滞在する全ての人々に対し、国内・国際航空路線を含む、全ての交通機関の利用、映画館・ショッピングモールの利用等を原則的に禁止した。なお、ロックダウン期間は、4月14日までの予定とされていたが、4月14日付けで、5月3日まで延長された。
- 4月15日、新型コロナウイルス感染拡大に伴うインド全土のロックダウンに関して第2期のガイドラインを公表した。これにより、食品や医薬品等の生活必需品に関わる一部の業種につき、政府の許可により稼働が認められることとなった。また、商業施設、オフィス、工場等の再始動に際しての標準運営手順(SOP)も公表し、公共交通機関以外による従業員の移動手段の手配、一定の労働者の医療保険の義務化、新型コロナウイルス対応が可能な近隣病院のリスト化等を指示した。なお、各州政府が、より厳格な標準運営手順を定める可能性もある点に留意されたい。
第3 不可抗力条項の発動
不可抗力条項とは、契約当事者間でコントロールできない戦争、暴動、自然災害等に起因して契約の履行が不可能となった場合に、契約の履行義務者を免責する旨の条項を意味する。
この点、契約上の不可抗力条項を発動するためには、当該契約書に、不可抗力条項が定められている必要がある。そこで、以下では、不可抗力条項の定めがある場合と、ない場合につき、それぞれ検討する。
1 契約書に不可抗力条項の定めがある場合
まず、不可抗力条項の定めがある場合に、パンデミックや疫病等が列記されていれば、不可抗力条項の発動が認められる可能性が高い。
これに対し、パンデミック等が列記されていない場合、新型コロナウイルスの感染拡大が不可抗力に該当するか否かを検討する必要がある。
この点、個別の契約書の文言および解釈によることとなるが、(i)インド最新法令情報(2020年2月号)で述べたとおり、インド財務省が物資等の調達を行う際に使用される契約書において、当該契約に列記されている不可抗力事由のうち自然災害(natural calamities)に該当し得ることを明確にしていることや、(ii)新再生可能エネルギー省、船舶省、道路交通省も、同内容の通知を発していることを踏まえると、民間企業同士の契約においても、新型コロナウイルスの感染拡大が「自然災害」に該当すると解釈される可能性は相当程度高いと考えられる。
そして、新型コロナウイルスの感染拡大に関して、不可抗力条項の適用を受けようとする者は、新型コロナウイルスの感染拡大が契約当事者にとって予期せぬものであったこと、新型コロナウイルスの感染拡大により債務の履行が不可能となったこと(従前の判例上、資金繰りの悪化により債務の履行が困難となっただけでは、履行が不可能となったとは言えない、とされている。)、代替措置を行ったが債務の履行ができなかったことなどを立証することになろう。
なお、新型コロナウイルスの感染拡大により、契約の履行遅滞が生じたものの、履行不能とまではいえない場合には、不可抗力条項の発動は認められない可能性が高い点に留意されたい。
2 上記のような不可抗力条項の記載がない場合
契約書に上記のような不可抗力条項が定められていない場合は、いわゆる後発的履行不能の問題として、1872年インド契約(Indian Contract Act, 1872。以下「インド契約法」という。)56条に従って処理されることになる。インド契約法56条は、「ある契約が、その成立後に、不能(impossible)となった場合、又は、何らかの事由により違法となった場合、当該契約は無効(void)となる。」と規定している。
インド契約法56条の適用を受けようとする者は、従前の判例を踏まえると、新型コロナウイルスの感染拡大が契約当事者にとって予期せぬものであり十分な事前調査を行ったとしても回避できなかったこと、契約の目的等が現実的に達成できなくなり契約締結の前提が完全に覆ったこと、感染拡大により義務の履行が不可能となったことなどを立証することになろう。
また、判例は、インド契約法56条の「不能」の意義を極めて限定的に解釈しており、たとえば、当該不可抗力により一定の影響を受けたとしても、履行費用の高騰や、負担の増加があっただけでは、その適用はないとしている点に留意されたい。
第4 終わりに
新型コロナウイルス感染拡大は、インド経済に極めて大きな影響を与えている。実際に、4月14日、国際通貨基金(IMF)は、インドの2020年度のGDP成長率予測を5.8%から1.9%に大幅に下方修正している。このような状況を踏まえて、インド政府は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が小さい地域については、徐々に経済を再始動させていく目論見であるようである。5月3日に、延長されたロックダウン期間が終了する予定であり、今後のインド政府の対応が注目される。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/小川聡/宮村頼光
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