1 はじめに
中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスは日本、韓国をはじめとする諸外国に感染が拡大し、工場の稼働停止等により企業活動に甚大な影響を与えている。そして、感染の影響が長期化の兆しを見せる中、新型コロナウイルスの影響による部品の納入遅延等の債務不履行に関し、不可抗力条項の発動を検討しなければならないケースが増えている。こうした不可抗力条項を発動することができるかどうかにつき、インド財務省の歳出部門(Department of Expenditure, Ministry of Finance)は、政府調達に関し、2020年2月19日付けで公式見解(https://doe.gov.in/sites/default/files/Force%20Majeure%20Clause%20-FMC.pdf)(以下「本見解)という)を公表した。
2 不可抗力(Force Majeure)条項とは?
不可抗力条項とは、契約当事者間でコントロールできない戦争、暴動、自然災害等に起因して契約の履行に遅延が発生する場合や履行不能となった場合に、契約の履行義務者を免責する旨の条項を意味する。国際取引契約においては、一般条項の一つとして設けられていることが一般的である。また、不可抗力条項により免責を受けられるか否かは、個別の契約における発動要件、効果等の定め方に応じて判断する必要がある。なお、契約書に不可抗力条項が存在しない場合であっても、インド契約法56条において、契約締結後の一定の不可抗力事由による後発的履行不能(Frustration)の場合には、契約が無効(void)になる旨規定されており、インド契約法により免責を得られる余地がある。
3 インド財務省の見解
インド財務省は、本見解により、インド政府が物資等の調達を行う際に使用される契約(以下「調達契約」という)における不可抗力条項に関し、新型コロナウイルスが、調達契約に列記されている不可抗力事由のうち自然災害(natural calamities)に該当しうることを明確にした。一方で、当該不可抗力事由に該当することは、契約上の履行責任を全て免責するわけではなく、新型コロナウイルスの影響が続いている間に限り当該履行義務を免除する効果を有するに留まる旨述べている。また、不可抗力条項の発動による免責を主張するには、不可抗力事由の発生後速やかに契約の相手方に通知する必要があり、これを怠った場合には免責を主張することはできないとした。なお、不可抗力事由により契約履行義務の全部又は一部が履行できない状態が90日を超えて続いた場合、何れの契約当事者も、相互に金銭的賠償をすることなく契約を解除することができる旨述べている。
4 コメント
新型コロナウイルスの影響を理由とする不可抗力条項該当性に関しては、各国当局が見解やガイドラインを出す等一定の判断基準が示されつつあるが、依然として個別の事案ごとに該当性判断をせざるを得ないのが実態である。本見解は、政府調達という限られた局面におけるものではあるものの、新型コロナウイルスが不可抗力事由に該当しうる旨の見解を示したことは、インド企業との取引契約における不可抗力条項やインド契約法56条(後発的履行不能)の解釈においても参考になるものと思われる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/白井紀充
——————————————————————————–
インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は禁止されております。インドデスクでは、一般的なマーケット情報を、日本および非インド顧客向けに提供するものです。