1.はじめに
2019年8月、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)は、競争法上の企業結合規制に関して、競争上の懸念が小さい企業結合に対する自動承認制度(Green Channel Route。以下「GCR」という。)を導入するとともに、届出の際に原則として利用される書式であるフォームIを大幅に改訂した(以下「改訂版フォームI」という。)。
その後、2020年3月27日、CCIは、GCR及び改訂版フォームIの内容をより明確化するため、改訂版手引書(Revised Guidance Notes。以下「改訂版手引書」という。)を公表した。
本号では、2019年8月以降の状況及び改訂版手引書の内容を概説したうえで、改訂版手引書が日系企業を含む外国企業に対して与えうる影響を検討する。
2.改訂版手引書の概要
(1)GCR利用要件の明確化
CCIへの届出を要する企業結合を行う場合において、GCRを利用したときは、届出後の待期期間の満了を待つことなく、届出書及び所定の申告書をCCIが受領するのと同時に、自動的に承認の効力が生じる。GCRを利用するための要件は、以下①乃至③に記載する会社の製品又はサービス同士で、水平的、垂直的又は補完的な重複関係(Overlap)が存在しないことである。
①企業結合当事会社
②企業結合当事会社のグループ会社
③企業結合当事会社が直接的又は間接的に株式又は支配権を保有する一切の会社
この要件に関して、改訂版手引書の公表前においては、上記③に含まれる会社の範囲が必ずしも明らかではなく、GCRの利用を妨げるおそれがあると指摘されていた。
そこで、改訂版手引書は、上記③に含まれる会社とは、以下のいずれかを満たすものに限られることを明らかにした。
(a) 企業結合当事会社が直接的又は間接的に10%以上の株式を保有する会社
(b) 企業結合当事会社が通常の株主には与えられないような権利を行使できる会社
(c) 企業結合当事会社が取締役又はオブザーバーの任命権を有する会社
これにより、上記③の範囲から、企業結合当事会社がごく少数の株式を保有する会社など、競争上影響を与えるおそれの小さい会社が除外されることが明らかになった。
(2)市場シェア記載義務の緩和
改訂版フォームIは、市場シェアの大小にかかわらず、直近3年間における企業結合当事会社の市場シェアに関する情報を記載することを義務づけていた。しかし、市場の範囲を適切に画定して市場シェアを正確に算定することは決して容易ではなく、情報の収集及び分析のために企業結合当事会社に重い負担を課していると指摘されていた。
改訂版手引書は、かかる市場シェアに関する情報について、企業結合当事会社の合算市場シェアが10%以上となる場合に限って記載する義務があるとした。これにより、競争上の影響が比較的小さい企業結合の届出に際して、企業結合当事会社の負担が軽減されることとなった。
(3)補完的な重複関係の意義の明確化
改訂版フォームIは、企業結合による競争上の影響を評価するため、企業結合当事会社の製品及びサービスの水平的、垂直的及び補完的な重複関係に関する情報を記載することを要求している。しかしながら、従前、上記「補完的(complementary)」の意義が明らかにされていなかったため、CCIによる評価の対象が不明確となり、企業結合の可否に対する予測可能性を害していると指摘されていた。
改訂版手引書は、補完的製品及び補完的サービスの意義について、プリンターとインク・カートリッジのように、組み合わされ、一緒に利用される関係にあるものを意味するという一般原則を明らかにした。これにより、競合品のような水平的関係又は部品と完成品のような垂直的関係にある製品又はサービスは、いずれも補完的製品又は補完的サービスに該当しないことが明らかになった。
3.本法の影響
グローバル化の進展により、1件のM&Aのために複数の国や地域において企業結合届出を行う事例が増加している。例えば、M&Aの対象会社がインド企業である場合はもちろん、日系企業同士のM&Aであっても、企業結合当事会社がインドに子会社を所有する場合やインドへの輸出により売上げを計上している場合などにも、CCIに対する企業結合届出を要することがある。そのため、インドにおける企業結合規制は、インド企業とのM&A はもちろん、グローバル企業が関与するM&Aを行う際にも無視できない問題となりうる。
上述のとおり、改訂版手引書の内容は、インドにおける企業結合届出の負担を軽減するとともに、企業結合の可否に対する予測可能性を高めるものである。そのため、インド企業とのM&Aを検討している企業にはもちろん、インドが関連するグローバルM&Aを検討している企業にとっても好ましいものといえる。
以上
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