1.はじめに
2021年3月9日、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)は、インドの宿泊予約サイト事業者であるMakeMyTrip Private Ltd.(以下「MMT」という。)及びIbibo Group Pvt. Ltd.(以下「GoIbibo」といい、MMTと併せて、以下「MMT-GO」という。)に対して、インドの格安ホテルチェーンであるFabHotels及びTreebo(以下、併せて「競合2社」という。)の宿泊施設を自社(MMT-GO)の宿泊予約サイトに直ちに再掲載するよう暫定命令(以下「本件暫定命令」という。)を発付した。本件暫定命令は、MMT-GOがインドの大手ホテルチェーンであるOravel Stays Pvt. Ltd.(以下「OYO」という。)との合意に基づき、自社の宿泊予約サイトにおいて、OYOと競合する競合2社の掲載を廃止した疑いについてCCIの調査が行われている中で発付されたものである。
CCIがインド競争法(Competition Act, 2002)第33条に基づく暫定的救済措置をとることは極めて珍しいが、近年、日本でも宿泊予約サイトに公正取引委員会が立入調査を行うなど(注)、プラットフォーム市場を含むデジタル市場における競争上の問題は注目を集めている。
本号では、本件暫定命令の経緯及び概要を紹介する。
(注)2019年4月10日、公正取引委員会は、宿泊予約サイトである楽天トラベル、Expedia及びBooking.comが、宿泊施設事業者に対して、自社のサイトに掲載する宿泊プランが他社のサイトよりも高くならないよう求める不当な契約を結んでいたことにより独占禁止法に違反(不公正な取引方法)した疑いがあるとして、関係先への立入調査を行った。
2.事実関係
(1)FHRAIの申立て
2018年12月、CCIは、インドのホテル・レストラン協会連合会(Federation of Hotel & Restaurant Associations of India。以下「FHRAI」という。)からの申立てを受け、2019年10月、MMT-GO及びOYOに対する調査を開始した。
FHRAIによると、MMT-GO及びOYOは、MMT-GOが自社の宿泊予約サイトにおいてOYOを優遇する内容の秘密協定を結び、特定のホテル事業者の市場参入を阻止し、より高い手数料を徴収するなど結託していた疑いがある。FHRAIは、このような行為はインド競争法第3条(反競争的合意の禁止)及び第4条(優越的地位の濫用の禁止)に違反すると主張している。
(2)競合2社の申立て
FHRAIの申立てに対するCCIの調査が継続する中、2020年11月、競合2社は暫定的救済を求めて申立てを行った。2021年1月、CCIは、競合2社に対するヒアリングを実施した上、2021年3月、MMT-GOに対し、自社の宿泊予約サイトに競合2社の宿泊施設を再掲載するよう本件暫定命令を発付した。
2018年12月 |
FHRAIによる調査の申立て |
2019年10月 |
CCIによるMMT-GO及びOYOに対する調査の開始 |
2020年11月 |
競合2社による暫定的救済の申立て |
2021年01月 |
CCIによる競合2社に対するヒアリング |
2021年03月 |
CCIによる本件暫定命令の発付 |
3.CCIの見解
CCIは、MMT-GOが競合2社の宿泊施設の掲載を廃止したことで、市場の公正な競争に悪影響を与えていると指摘している。MMT-GOとOYOとの協定は、競争環境を変化させ、市場を彼らに不当に有利な方向に導く可能性があると述べている。CCIの見解は、概ね以下のとおりである。
- 暫定的救済を認めるための要件は、調査を開始するための要件よりも厳格に判断される。
- 消費者の嗜好がデジタル市場に大きくシフトしている現在、ホテルや宿泊施設がMMT-GOの宿泊予約サイトのような主要なプラットフォームに掲載されることは、これらの事業の存続に不可欠である。
- MMT-GOとOYOとの協定は、OYOの競合他社をMMT-GOの宿泊予約サイトから排除することを条件としており、排他的な性質を持っている。現に、この協定により掲載廃止となった競合2社などのホテルは、売上高が顕著に減少した。
- 宿泊予約サイト市場のような変化の激しい市場では、いわゆる勝者総取り(the winner-takes-it-all)となり、市場で大きな力を持つ企業に有利に働くという不可逆的な効果をもたらすことから、競争上の弊害を是正するためには迅速な介入が重要である。
4.その後の展開
2021年3月23日、グジャラート高等裁判所(The Gujarat High Court)は、CCIがOYOに聴聞の機会を与えずに本件暫定命令を発付したことが自然正義の原則(the principles of natural justice)に違反しているとの見解を示し、本件暫定命令の効力を停止した。2021年4月26日現在、CCIによる調査の最終的な結論は、未だ示されていない。
5.コメント
本件暫定命令は、手続的な違反を理由に停止されたものの、市場への影響が決定的なものになる前に介入するという現在のCCIの積極性を反映しているという点で、実務上重要な意義を有するものである。これは、プラットフォーム市場などのデジタル市場に関するCCIの今後の調査の意欲や方向性を示すものであり、CCIが今回の調査をどのように終了させるかが注目されている。特に注目すべき点は、市場の競争環境が回復不能な形で歪められないよう、競争上の弊害を是正するための迅速な措置が重要であるという認識を、CCIが表明した点にある。
日本やEUにおいても、プラットフォーム市場などのデジタル市場において、競合他社の排除や競争環境への悪影響を防ぐために、競争当局による早期介入は不可欠であるという認識が広まっている。
本件暫定命令では、宿泊予約サイトなどのデジタル市場での地位を強化する上でのネットワーク効果とビッグデータの役割を強調しただけでなく、COVID-19によるデジタル市場の活性化、消費者の嗜好の変化、その結果としてのオンラインでの認知度の必要性など、現在の市場の現実を分析している。これらの着眼点は、インドのデジタル市場への参入又はインド事業におけるデジタルサービスの活用を検討している企業にとって、非常に示唆に富むものといえる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
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