1.はじめに
2021年3月4日、インド最高裁判所は、仲裁判断への司法介入に関し謙抑的な立場をとることを前提とする判断を下した(以下「本判決」という。)。
インドにおいては、仲裁判断が「公序(Public Policy)」に反する等一定の要件に該当する場合、裁判所が仲裁判断の効力を否定することが仲裁法上認められている。ところが、かかる裁判所の権限を拡大解釈し、仲裁手続きにおいて不利な判断を下された当事者の異議申立てに基づく、裁判所による仲裁判断への過度な介入がしばしば問題視されてきた。そのような中、近年の仲裁法改正により、「公序(Public Policy)」の解釈に関し、それを詐欺・贈収賄に起因又は影響される場合に限定することが明記される等、裁判所による積極的な司法介入を抑制する方向での改正が行われた(以下「改正仲裁法」という。)。
本判決は、旧仲裁法に基づく判決ではあるものの、インド最高裁判所が、仲裁判断への司法介入に対し謙抑的な立場をとることを明確にしたものであり、インドでビジネスを行う日本企業にとっては、歓迎すべき判決といえそうだ。
本号では、本判決の概要を紹介するとともに、改正仲裁法のもとで、仲裁判断の効力が裁判所により否定される可能性がある場合につき整理しておきたい。
2.本判決の概要
インドの建設会社であるDeconar Services Private Limited (以下「受注者」という。)が、インドの電力会社であるNational Thermal Power Corporation Limited(以下「発注者」という。)から宿舎の建設工事を受注し工事を完成したが、受注の前提として合意されていた発注者から受注者へのリベートの支払義務について当事者間で紛争が生じ、旧仲裁法に基づく仲裁を申し立てたという事案である。かかる仲裁手続きにおいては、受注者側に有利な裁定が下され、これを不服とする発注者が、仲裁判断はリベートに関する建設工事契約の解釈を誤ったとして、デリー高等裁判所に対し当該仲裁判断への異議を申し立てたが、デリー高等裁判所はこれを退けた。発注者はインド最高裁判所に上訴したが、インド最高裁判所は、司法の干渉を最小限に抑えることは旧仲裁法の規定を解釈する際の基本原則であるとし、裁判所は仲裁手続きにおいて取り調べられた証拠を再評価すべきではなく、また、単に仲裁判断とは異なる契約の解釈が存在するというだけで仲裁判断に対する異議申立てはできないと述べ、発注者の主張を退けた。
3.仲裁判断の効力が裁判所により否定される場合
本判決及びこれと類似する近時の裁判例を俯瞰すると、従前問題となっていたインド裁判所による仲裁判断への介入の問題はほぼ解消され、インドにおける仲裁判断の執行が裁判所の介入により事実上頓挫してしまうというリスクは限りなく小さくなったといえる。
なお、改正仲裁法のもとでは、仲裁判断がインド裁判所により「公序(Public Policy)」違反を理由に否定される場合の解釈指針が示されており、また、インド国内仲裁に関して「明らかな違法(Patent Illegality)」を理由とする裁判所の介入への例外規定が設けられている。改正仲裁法のかかる規定の概要は以下の通りである。
「公序(Public Policy)」違反を理由に仲裁判断を取消す場合の解釈指針(Explanation) |
(i) 仲裁判断が、詐欺・汚職によって誘導され若しくは影響を受け、又は法75条(調停手続きにおける守秘義務)若しくは法81条(調停手続きで提出された主張/証拠等への依拠禁止)に違反している場合 (ii) 仲裁判断がインド法の基本方針に反している場合(但し、本案(Merits of Dispute)の再審理に及ぶ場合を除く) (iii) 裁定が道徳や正義の最も基本的な概念に反している場合 |
(インド国内仲裁に関し)「明らかな違法(Patent Illegality)を理由に仲裁判断を取消す場合の例外規定(Proviso) |
単に法適用の誤り又は証拠の再評価を理由とし仲裁判断を取消すことはできない |
本判決が示す司法の仲裁判断への介入に対する謙抑的立場を踏まえると、裁判所による上記の解釈指針ないし例外規定の厳格な適用が期待できそうである。
以上
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