1.はじめに
2022年2月21日、デリー高等裁判所(以下「デリー高裁」という。)は、原告の知的財産権を侵害する商品又はサービスを被告がインターネット上で提供しているという主張に基づく訴訟事件においては、インターネットにアクセスして当該商品又はサービスを有償で購入又は利用することができる場所を管轄する全ての裁判所に土地管轄が認められるという判決(以下「本判決」という。)を下した。
インドにおいて知的財産権を侵害された者にとっては、知的財産権訴訟に関して圧倒的な専門性及び実績を有するデリー高裁に管轄権が認められるか否かという点が、非常に重要な問題となる。特に近年、Eコマースの普及に伴い、インターネット上での知的財産権侵害に対していずれの裁判所が土地管轄を有するのかという論点がしばしば登場している。
本判決は、インターネット上での知的財産権侵害に対する裁判所の土地管轄の基準を示すことで、このような論点の解決に大きく寄与するものである。本号では、本判決の概要を解説したうえで、本判決がインドでビジネスを行う日系企業に対して与えうる影響を検討する。なお、以下では、本判決の結論部分に直結しない事実関係を割愛している点にご留意いただきたい。
2.本判決の概要
(1) 事案
原告であるBulgari SPA(以下「本件原告」という。)及び被告であるNotandas Gems Pvt. Ltd.(以下「本件被告」という。)は、ともに高級宝石類の製造及び販売事業を行っている。本件原告は、「BVLGARI SERPENTI」など、「SERPENTI」という単語を含む4件の商標をインド国内で登録している。一方、本件被告は、「SERPENTINE」という名称を付した商品をインターネット上で販売している。
本件原告は、本件被告による「SERPENTINE」という名称の使用が本件原告の商標権の侵害に当たると主張して、当該名称の使用を差し止める暫定命令等を求めてデリー高裁に提訴した(事件番号CS(COMM) 658/2021。以下「本件訴訟」という。)。これに対して本件被告は、商標権侵害の成立を争うとともに、デリー市内に本件被告の販売店は存在しないため、デリー高裁は本件訴訟に対する土地管轄を有しないと主張した。
(2) 争点
原告の知的財産権を侵害する商品又はサービスを被告がインターネット上で提供しているという主張に基づく訴訟事件において、いずれの裁判所が土地管轄を有するか。
(3) 判断内容
デリー高裁は、被告がインターネット上で原告の知的財産権を侵害しているという主張に基づく訴訟事件の土地管轄について、当該侵害に係るウェブページの機能に応じて2つの判断基準を示した。
第1に、当該ウェブページが閲覧者に対して商品又はサービスの情報提供のみ行っている場合は、裁判所の土地管轄内に所在する者が当該情報に実際にアクセスしたことが証明されたときに限り、当該裁判所に土地管轄が認められるとした。すなわち、原告は、そのようなアクセスが実際に行われたことを立証する必要がある。
第2に、当該ウェブページにて閲覧者が商品又はサービスを有償で購入又は利用することができる場合は、裁判所の土地管轄内に所在する者がそのような取引を実行できるときは、当該裁判所に土地管轄が認められるとした。すなわち、原告は、そのような取引が可能であることを立証すれば足り、そのような取引が実際に行われたことまで立証する必要はない。
本件訴訟においては、本件被告がウェブページ上で「SERPENTINE」という名称を付した商品を販売しており、デリー市内に所在する者が当該ウェブページ上で当該商品を購入することができた。そのため、デリー高裁は、上記のうち第2の判断基準に従い、デリー高裁に土地管轄が認められると判示した。また、デリー高裁は、本件被告による「SERPENTINE」という名称の使用が、本件原告の「SERPENTI」という単語を含む商標権を侵害することが一応認められると判断し、本件被告に対して当該名称の使用を差し止める暫定命令を発付した。
3.日系企業への影響
インドに進出する日系企業の中には、世界的に著名な商標等を有する企業が多く、インド現地企業による類似商標の使用等に長年悩まされてきた。また、日系企業の多くは、デリー高裁が知的財産権訴訟に関して圧倒的な専門性及び実績を有するという事情に加え、自社の進出先、日本の法律事務所の提携先、又は現地の大手法律事務所の主要拠点に近いといった事情から、デリー高裁での提訴を特に好む傾向がある。
本判決は、インターネット上での知的財産権侵害に対する裁判所の土地管轄を明確化するとともに、これを広く認めるものである。そのため、本判決は、知的財産権訴訟をデリー高裁にて提起することで自社の知的財産権をより容易かつ確実に保護することを望む日系企業にとって、好ましいものといえる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/奥村文彦
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