1.はじめに
インド政府は、2023年2月1日、2023年度(2023年4月~2024年3月)の予算案(以下「本予算案」という。)を発表した。
インド政府の予算案の一般的な特徴としては、当該年度の各種政策方針が示され、これを受けて各分野に対する具体的政策が実行されること、国会に各種関連法案が提出されることなどが挙げられる。そのため、毎年、各専門家やビジネスパーソンのみならず、インドの一般国民全体からも大きく注目される。
本号では、本予算案におけるインド政府の基本姿勢を解説するとともに、本予算案において示されている各種政策方針のうち、特に日系企業への影響が大きいと思われる点につきその概要を紹介する。
2.本予算におけるインド政府の基本姿勢
インド政府は、COVID-19の蔓延、ロシアウクライナ戦争等により世界的に成長が落ち込む中で7%の成長を示し、また2023年においても6.0~6.8%の成長を見込むインド経済の好調ぶりを前提に、本予算案は“Amrit Kaal”時代の最初の予算案である旨言明し、”Amrit Kaal”の下、各種政策の基本方針を発表している。
なお、“Amrit Kaal”とは、インド占星術由来の黄金時代を意味する用語であり、インド政府は”Amrit Kaal”に向けて、①若者を中心とした市民の経済参画、②成長と雇用創出、③強力で安定したマクロ経済環境の創出を掲げている。
また、2023年はインドがG20の議長国を務める年であることもあり、インドの世界経済秩序に対する役割強化にも言及しており、持続可能な経済発展に資するための“people-centric”な政策推進を進めることも言明している。
これらの政治的目標の下、本予算案における歳出総額は約45兆310億ルピー(1ルピー=約1.6円)で前年度歳出実績比約7%増加、そのうちインフラ整備を中心とする資本支出は約10兆ルピーで前年度比実績比約37%増加、更にその半分が鉄道を中心とした交通インフラの整備に振り分けられることが予定され、経済成長の促進と雇用の確保が図られている。
なお、インドにおいては2024年春に総選挙が予定されており、選挙をにらんでバラマキ的な財政支出が行われるのではないか、という憶測もあったものの、財政の安定化にも目端を利かせており、金融市場においては概ね好評価を得ている。
3.本予算案に示された各種政策方針の概要
(1) 鉄道を中心とした交通インフラの整備
約2.4兆ルピーが鉄道整備に充てられ、また港湾・石炭・鉄鋼・肥料・食糧穀物のための輸送インフラ整備に約7,500億ルピー、その他にも地方の航空インフラ整備のため、50を超える空港・ヘリポート等の設備の整備を予定している。
また、従前公的資金により独占されていた鉄道、道路、都市インフラ、電力インフラに対する民間資金の流入を進めることも発表しており、インフラ整備における民間資金の積極的活用が期待される。
(2) 規制緩和及びリーガルシステムの改革
ビジネス促進のために、39,000を超える規則の撤廃と、3,400の法規制から刑事罰を撤廃することなどを発表しており、政府事業を巡る国と企業の間の紛争についての新スキームの導入なども掲げている。
また、第3期に達したE-court(訴訟のIT化)に対して、700億ルピーが計上され(なお、日本における令和5年度法務省予算の内、刑事手続・民事裁判手続等のデジタル化・IT化の推進の予算規模は約1億円であり(令和4年度補正予算において約11億円が計上されており、令和5年度についても補正予算前提であるとは思われる。)、法務行政全体のデジタル化の推進を含めても約500億円という規模である。)、効率的な司法システムの形成を進めることを予定している。
これらを通じて、リーガルコストの削減はもちろんのこと、外国投資家から見たインドの司法制度・法制度に対する信頼の向上と更なる投資促進を図っている。
(3) データガバナンスポリシーの導入
データ活用への研究及び事業の促進のため、データガバナンスポリシーを発表することを予定しており、これにより研究や事業のために匿名化されたデータへのアクセスを可能とし、データの利活用の拡大促進を狙っている。
(4) グリーン成長
インドは2070年におけるカーボンゼロ社会達成を目指しており、グリーン分野における成長と雇用の創出、化石燃料の輸入依存低下を目指して、1,970億ルピーがグリーン水素プロジェクトにあてられ(インド政府は2030年までの水素製造500万トンを目標としている。)、また再生可能エネルギーの送電と系統統合のための州間送電システムに2,070億ルピーを投資するとしている。
また、環境に対する意識変化を狙って環境法(the Environment (Protection) Act, 1986)の下、グリーンクレジットプログラムを導入予定であり、これが導入された場合、企業に対して環境のためのインセンティブ(あるいはそれをしない企業に対するディスインセンティブ)が与えられることが予想され、インドに進出する日本企業にとっては、今後の動向の注視が必要となる。
(5) 個人所得税の軽減
インド政府は従前より内需の拡大を目指していたところ、個人所得税還付の対象となる所得上限の引き上げや、給与所得者及び年金受給者の控除適用範囲の拡大などを行うことを発表しており、これらによる個人の可処分所得の増大と内需市場の拡大を狙っている。
4.コメント
COVID-19の蔓延、ロシアウクライナ戦争、米中対立等に伴う世界的な経済の混乱は、企業経営にとって大きなリスク要因となっている。
その中で、高成長を続け、かつ政治的にも民主主義を採用し、日本との間で外交的に安定した良好な関係が保たれているインドは、これまで以上に経済安全保障への対応を含む繊細なカントリーリスク評価を求められる現在の日本企業にとって、魅力的な進出先であるといえる。
もっとも、本リーガルアップデートで従前から紹介している通り、大胆で積極的な課税措置や独特な外資規制など、進出した日本企業がインドの経済風土と馴染まず、最終的には撤退を余儀なくされる例も少なくない。
本予算案について示された各種政策方針及びこれらを受けたインド市場の動きについて、今後も注目する必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/白井紀充/山田怜央
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