1.はじめに
2023年5月25日、会社法上訴審判所ニューデリー本部(National Company Law Appellate Tribunal, New Delhi Bench。以下「NCLAT」という。)は、Union Bank of India 対Dinkar T. Venkatasubramanian & Ors.事件(I.A. No. 3961 in Company Appeal (AT) (Ins.) No. 729 of 2022)において、十分な根拠が存在すれば、NCLATが自ら下した命令を破棄する内在的な権限を有すると判示(以下「本判断」という。)した。
インドでビジネスを展開している日系企業にとって、紛争解決手段の選択は重要な問題であるが、本判断は、日系企業が紛争解決手段を選択するうえで重要な考慮要素の1つになるものといえる。
2.FTP2023の概要
(1) 事案
Amtek Auto Limitedを債務者とする企業倒産処理手続において、DVI PE (Mauritius) Limitedらが提出した破綻処理計画は、2020年7月9日付の会社法審判所チャンディーガル支部(National Company Law Tribunal, Chandigarh Bench。以下「NCLT」という。)の命令により承認されたが、同命令により、Union Bank of India(以下「UBI」という。)が当該計画の変更を求めた申立ては棄却された。
当該命令を不服とした UBI は NCLAT に上訴を提起し、2022年1月27日付の命令(以下「本命令」という。)により、上訴の一部が認められた。
しかしながら、UBIが債権者委員会を上訴当事者として参加させていなかったため、金融債権者はインド最高裁判所に上訴を提起したが、当該上訴は本命令の再審査を申し立てる権利を留保しつつ、取り下げられた。
金融債権者はNCLATに対し、本命令に対する再審査を申し立てたが、2022年9月2日、NCLATは、2016年破産倒産法には再審査の規定が存在しないとして、金融債権者に「法に従い他の救済手段を講じる」権利を認めつつ、再審査の申立てを棄却した。
上記権利に基づき、金融債権者は、UBIがNCLATに提起した上訴において、本命令の破棄を求める申立てを行った。
(2) 判断内容
NCLATは、2016年会社法上訴審判所規則第11条、1908年民事訴訟法第151条、及びインド最高裁判所の判例を検討し、裁判所の内在的な権限は、明示的に付与されるものではなく、当事者のために正義を実現する義務に由来するものであると分析した。
また、NCLATは、A.R Antulay対R.S Nayak & Anr.事件((1988) 2 SCC 602)におけるインド最高裁判所の判決において、当事者は、正義の原則を明らかに侵害する判決に対して、当該判決を下した裁判所に不服を申し立てることができるとされている点に着目した。NCLATは、さらに他の最高裁判例も検討し、自ら下した命令を破棄する場合は、影響を受ける当事者に対して機会が付与されたか否か、命令を得るために欺罔行為が用いられたか否かなど、当該命令における手続上の不備を評価するとした。
そして、NCLATは、NCLATも裁判所と同様に、十分な根拠が存在すれば、自ら下した命令を破棄することができると判示した。
3.日系企業への影響
本判断は、単純な手続上の不備がある場合に、端的に会社法審判所及び会社法上訴審判所(総称して、以下「会社法(上訴)審判所」という。)が自ら下した命令を破棄することを認めるものであり、無用な上訴を抑止するという点においては好ましいものといえる。
しかしながら、会社法(上訴)審判所の手続を利用する場合は、相手方当事者が本判断を悪用し、命令破棄の申立てを装って、本来上訴によるべき主張を当該申立ての中で展開して手続を遅延又は混乱させる可能性がある点に留意する必要がある。
インドでビジネスを展開する日系企業においては、本判断を踏まえ、会社法(上訴)審判所の手続を利用するか、あらかじめ仲裁による紛争解決を合意するか、慎重に検討することが望ましい。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野正弥/奥村文彦/鈴木基浩
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