1.はじめに
2023年8月18日、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)は、類型的に競争上の懸念が乏しい企業結合に対する自動承認制度(Green Channel Route。以下「GCR」という。)に基づき2022年12月20日に提出された企業結合届出(以下「本届出」という。)について、①虚偽又は不正確な記載があった点、及び②上記①によりGCRに基づく自動承認が遡及的に無効となった結果、CCIの承認なく企業結合を実行したこととなった点を理由として、本届出を行ったPlatinum Jasmine A 2018 Trust及びTPG Upswing Ltd.(以下総称して「本届出会社」という。)に対し、総額550万インドルピーの罰金を科した(以下「本決定」という。)。
2019年8月に導入されたGCRは、通常は届出日又はその翌日に企業結合を自動承認するものであり、届出書の記載事項も簡略化している。そのため、インドでM&Aを行う日系企業や、インド子会社の支配権の移転を伴うインド国外でのM&Aを行う日系企業にとって、M&Aに伴う当局対応に要する時間及び労力を削減する手段として、GCRは重宝されている。本決定は、GCRの要件を満たさないにもかかわらずGCRに基づく届出を強行した場合に生じるリスクを示すもので、重要な先例といえる。
2.GCRの概要
GCRは、企業結合当事会社間で(潜在的なものも含め)水平・垂直・混合関係が一切存在しない場合に限り認められる制度であり、CCIへの届出完了及びCCIからの受領確認によって直ちに承認の効果が発生する。GCRに基づく届出は、比較的簡易な書式であるフォームI(Form I)に、申告書(Declaration)を添付して行う。申告書には、①当該企業結合がGCRの要件を満たし、インド国内市場における競争に相当の悪影響を及ぼさず、かつ及ぼすおそれもないこと、及び②届出会社が提出した情報に虚偽又は不正確な点はなく、かつ届出会社が知り又は信じる限り正確かつ完全であることを確認する旨が記載される。
上述のとおりGCRに基づく届出は自動承認されるが、CCIは、GCRの要件を満たさなかったこと又は申告書が不正確だったことを事後的に発見した場合、当該届出が遡及的に無効だったとみなすことができる。
3.本決定の概要
(1) 事実関係
CCIは、本届出に係る対象会社と、本届出会社の投資先(ポートフォリオ・カンパニー)1社との間に、水平・垂直・混合関係のいずれかを有する事業活動が存在し、本届出会社が提出した申告書の重要な点に虚偽があったようであることを発見した。
CCIは本届出会社に対して、上記発見事項についての説明を求めた。これに対して本届出会社は、上記発見事項は些末なものであり、市場競争に影響を及ぼさないことなどを主張した。
(2) CCIの判断内容
CCIは、GCRが届出会社による自己評価及び正確な申告を前提とした信頼に基づく制度である点を強調しつつ、いかに些末なものであっても、企業結合当事会社間で水平・垂直・混合関係が存在する場合はGCRの要件を満たさず、GCRに基づく届出を行うことはできないと判断した。そのうえで、CCIは、本届出会社の主張は上記判断に影響を及ぼすものではないとして、本届出は遡及的に無効だったとみなした。
以上を踏まえ、CCIは本届出会社に対して、①申告書の重要な点に虚偽があったことを理由として500万インドルピー、②(本届出が遡及的に無効となった結果)CCIの承認なく企業結合を実行したことを理由として50万インドルピー、総額550万インドルピーの罰金を科した。
(3) その後の対応
本届出会社はCCIに対し、上記発見事項を記載したフォームIによる届出書を改めて(GCRによらずに)提出した。CCIは、上記発見事項は競争上の懸念を生じさせるものではないと判断し、届出に係る企業結合を承認した。
4.日系企業への影響
本決定は、GCRの要件を満たさないことを理由として、CCIがGCRに基づく届出を遡及的に無効とみなした初の事例である。
上述のとおり、M&Aに伴う当局対応に要するコストを削減する手段として、GCRは重宝されている。その一方で、GCRの要件を満たすか否かについては、届出会社の申告書を信頼するにとどまり、CCIが事前審査によって確認するものではない。そのため、コスト削減等を目的として、厳密にはGCRの要件を満たさないにもかかわらず、GCRに基づく届出を強行した事例も存在すると考えられる。
しかしながら、本決定を踏まえると、要件を満たさないにもかかわらずGCRに基づく届出を強行した届出会社は、当該届出が遡及的に無効となり、罰金を科されたうえで改めて通常の届出を行うことになるリスクがあり、結果的により多くのコストが生じるおそれがある。
インドでM&Aを行う日系企業や、インド子会社の支配権の移転を伴うインド国外でのM&Aを行う日系企業は、GCRに基づく届出を検討する際に、本決定を踏まえて、水平・垂直・混合関係が存在しないかを十分に調査し、慎重に判断することが望ましい。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/奥村文彦
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