はじめに
2024年2月1日、インド政府は2024年度(2024年4月~2025年3月)の暫定予算案(以下「本予算案」という。)を発表した。
インド政府の予算案の一般的な特徴としては、当該年度の各種政策方針が示され、これを受けて各分野に対する具体的政策が実行されること、国会に各種関連法案が提出されることなどが挙げられる。
もっとも、2024年度は4~5月に総選挙が予定されているため、今回発表された予算案は暫定的なものである。正式な予算案については、総選挙の結果に基づく新政権により2024年7月頃に発表されることが見込まれる。
本号では、総選挙の概要と本予算案の性質に触れながら、本予算案において示されている各種政策方針の概要を紹介する。
総選挙の概要と暫定予算案の性質
(1) 総選挙の概要
インドの議会制度は上院と下院の二院制を採用しており、2024年4~5月に実施されるのは5年に1度の下院総選挙である。下院総選挙は国民による直接選挙で、最も多くの議席を獲得した政党の代表がインドの首相となる。
過去2回の下院総選挙(2014年、2019年)では、インド人民党(Bharatiya Janata Party(BJP))が最大議席を獲得し、現首相であるモディ現首相が2期連続で政権を担当している。
今回の総選挙では、モディ政権が3期目に突入するかが注目されているが、モディ政権の人気は依然として高く、報道を見る限りでは、3期目突入が最有力とされている。
一方で、野党側は、2023年7月、インド最大野党である国民会議派(Indian National Congress(INC))を中心に26政党が連合してインド全国開発包括連合(Indian National Developmental Inclusive Alliance(INDIA))を結成し、BJPへの対抗に取り組んでいる。
(2) 暫定予算案の性質
インドでは毎年2月1日に次年度の国家予算案が公表される。しかし、冒頭記載のとおり今年は4~5月に総選挙が予定されているため、2月1日にインド政府が公表した本予算案は暫定的なものである。ニルマラ・シタラマン財務相によると、本予算案はVote on Accountであり、Vote on Accountとは退任する政府が、新政権が発足するまでの数か月間、インドの連結基金から資金を引き出し、それを歳出や重要な政府計画に支出するための暫定的な許可を国会に求めるというものである。
通年の予算は、総選挙の結果に基づく新政権により2024年7月頃に発表されることが予想される。
本予算案に示された各種政策方針の概要
本予算案では、貧困層、若年層、農民、女性の4つが重点エリアとして掲げられ、またインド占星術由来の黄金時代を意味する用語である“Amrit Kaal”のための戦略として、①持続的な成長、②インフラと投資、③包括的な開発、④農業と食品加工が掲げられている。また、税制に関する提案も行われている。
(1) Amrit Kaalのための戦略
(ア) 持続的な成長
2070年までに「ネット・ゼロ」を達成するために、風力発電への採算補填(Viability Gap Funding)、CNG(Compressed Natural Gas)とPNG(Piped Natural Gas)への圧縮バイオガスの段階的混合義務化、石炭ガス化設備の建設、バイオマス集積機械への資金援助などの措置が発表されている。また、1,000万世帯の屋上に太陽光パネルを設置し、毎月最大300ユニットの電力を無料で供給することが提案されている。さらに、公共交通機関として電気バスの採用や、製造と充電を支援し電気自動車のエコシステムを強化するという提案もある。
(イ) インフラと投資
物流効率の向上とコスト削減のため、PM Gati Shaktiの下で3つの主要鉄道回廊プログラムを実施する。PM Gati Shaktiとは、別名National Master Plan for Multi-modal Connectivity(複合一貫輸送接続のための国家基本計画)であり、PM(Pradhan Mantri(首相))、Gati(スピード)、Shakti(エネルギー、経済成長)の語から成る国家レベルのインフラ開発計画である。
さらに、二国間投資条約を通じて海外からの投資を促進し、他国との投資フローを拡大することが提案されている。
そのほか、UDAN(Ude Desh ka Aam Nagrik)計画の下、既存空港の拡張と新規空港の包括的開発にも重点を置く。Ude Desh ka Aam Nagrikとは、ヒンディー語で「国の庶民を飛ばそう。」という意味であり、その頭文字であるUDANはヒンディー語で「飛行」という意味を持つ。
また、地下鉄やNaMo Bharat(高速列車の名称)による都市移動の推進も行うとされる。
(ウ) 包括的な開発
国内の発展が遅れている地区を特定し、それらの地区の急速な開発を促進することを目的とするAspirational District Program(向上地区プログラム)に取り組むとされる。その中で、次のように、健康、住居、観光の3つの分野での取組が掲げられている。
健康
- 女児(9~14 歳)に対する子宮頸がんワクチン接種の奨励。
- Saksham Anganwadi(Anganwadiとはヒンディー語で中庭の施設を意味し、乳幼児やその母と支援する施設であるAnganwadiを強化する取組)と Poshan(Prime Minister’s Overarching Scheme for Holistic Nourishment)2.0による栄養提供の改善、幼児期のケアと発達の促進。
- インド政府が展開する予防接種プログラムであるMission Indradhanush(ヒンディー語で虹)のためU-WIN プラットフォーム(Mission indradhanushのためのデジタルプラットフォーム)を展開。
- Ayushman Bharatスキーム(国民健康保険プログラムの1つ)の健康保険を全ての ASHA(Accredited Social Health Activist、認定社会保健活動家)、Angawadiワーカー、ヘルパーに拡大。
住居
- Pradhan Mantri Awas Yojana (Grameen)(農村地域に住む経済的に脆弱な家庭に対して、安全かつ手頃な住宅を提供する取組)について、目標であった3,000万戸の達成に近づいており、次の5年間でさらに2,000万戸を目指す。
- 中間層の住宅購入・建設を促進するため、中間層向け住宅計画を開始。
観光
- 各州は、事業を誘致し地域の起業の機会を促進するため、象徴的な観光施設の開発を行うよう奨励される。開発を奨励するため、各州に長期無利子融資を提供する。
- 60カ所で開催されたG20会議では、インドの多様性が世界の聴衆に紹介された。
- ラクシャドウィープを含む島々において、港湾接続、観光インフラなどのプロジェクトを実施。
(エ) 農業と食品加工
インド政府はポストハーベスト活動(作物が収穫された後に行われる一連のプロセスを指し、貯蔵、加工、包装、輸送などが含まれる。)への民間および公的投資を促進する。また、Nano-DAP(Nanoparticles of Diammonium Phosphate。Diammonium Phosphateはリン酸二アンモニウムであり、肥料として使われる。)の適用を全ての農業気候区で拡大する。そのほか、酪農や水産に関する取組を実施する。
(2) 税制に関する提案
本予算案では、税制に関する提案もいくつかなされている。
現行法では、一定の条件を満たす適格なスタートアップは、2016年4月1日以降2024年4月1日までに設立された場合に限り、10年間のうち連続3年間の免税措置を受けることができる。この免税措置について、インドにおける新興企業の発展をさらに促進するため、対象となるスタートアップの設立の期限を1年間延長し、2025年4月1日までとすることが提案されている。
そのほか、ソブリンウェルスファンドや年金ファンドに対する税制優遇やIFSC(International Financial Services Centre)ユニットの税免除に関する特例についても、1年間延長し2025年3月31日までとすることが提案されている。
最後に
本号では2024年2月1日に公表された本予算案について紹介したが、繰り返しになるが、本予算案は暫定的なものであって、正式な予算案については、総選挙の結果に基づく新政権により2024年7月頃に発表されることが見込まれる。
現在の報道によれば、現モディ首相の政権がそのまま3期目に突入することが最有力とされており、その場合には本予算案で記載された方針に則った予算案が作成されることとなると思われる。
昨年に引き続き、ロシアウクライナ戦争、米中対立等に伴う世界的な経済の混乱は、企業経営にとって大きなリスク要因となっている。そのような中で、インドは日本企業にとって魅力的な進出先の候補であるといえるが、まずは数か月後に迫る下院総選挙の動向に注目が必要である。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/白井紀充/清水一平
info.indiapractice@tmi.gr.jp
本記事は、一般的なマーケット情報を日本および非インド顧客向けに提供するものであり、インド法に関する助言を行うものではありません。