はじめに
2025年2月14日、韓国の公正取引委員会(以下「公取委」)所管の法令であり、オンラインショッピング又はオンラインサービス全般を規制する法律である「電子商取引等における消費者保護に関する法律」(以下「法」)が改正・施行され、これまで規制が容易ではなかった消費者に不利益となる6類型のオンライン「ダークパターン(Dark Pattern)」行為が明確に禁止されました。当該改正は、オンラインショッピングやサブスクリプションサービスが拡大する中で、電子商取引における定期決済金額の自動増額や解約手続の複雑化などにより消費者被害が頻発してきた経緯に基づき推進されたものであり、海外主要国の規制強化の流れに歩調を合わせたものです。例えば、EUは「デジタルサービス法(DSA)」により、消費者の意思決定を歪めるインターフェース設計を直接規制しており、米国連邦取引委員会(FTC)は「ネガティブ・オプション規則」により、サブスクリプションサービスなど定期的な決済が行われる取引関係におけるダークパターン規制を強化しています。
公取委は、今年2月に施行された上記規制の中で②の「順次公開価格設定」については6か月間行政処罰賦課を猶予し、2025年8月13日から現場点検を含む本格的な法執行に乗り出す予定です。
日本の場合、ダークパターンを直接規律する単一の特別法は存在せず、「特定商取引法」、「景品表示法」、「消費者契約法」、「個人情報保護法」、「独占禁止法」などの個別法令により規制が行われています。実際に、ダークパターンの一部の類型について、特定商取引法違反や景品表示法違反に該当するものとして、消費者庁が行政処分を行った例もあります。このように、日本は主として個別事案ごとの規制やガイドライン中心の構造を採用している一方、韓国は電子商取引法に禁止類型と要件を直接明記し、これに違反した場合には過料・是正命令・営業停止・課徴金などの強力な制裁が科される体制を整えている点が特徴です。
したがって、日本企業が韓国市場においてオンラインサービスやプラットフォーム事業を展開しようとする場合には、このような韓国特有の強い規制を考慮し、サービスの画面設定全般の構造について韓国法令に適合した検討を行うことを推奨します。以下では、今回の改正により規制が施行された6類型のダークパターンについてご説明します。
禁止される6類型
①隠れ更新(法第13条第6項)
これは、定期決済金額を増額したり、無料サービスを有料に転換しながら、消費者の事前同意なく自動的に更新・決済する行為を意味します。公取委は、消費者が割引や無料サービスを利用し、事前に将来の契約内容変更の可能性に同意していた場合であっても、代金が増額される又は無料が有料に転換される前に、消費者が自己の意思に基づき自由に契約を解約し、更新を中止できる権利を保障する趣旨から、事業者は変更の30日前までに、変更時期、変更前後の価格及び決済方法を消費者に明確に通知し、必ず再同意を得なければならないと定めています。また、取消・解約方法及びその効果についても併せて告知しなければなりません(同法施行令第20条の2)。
②順次公開価格設定(法第21条の2第1項第1号)
これは、最初の画面で総価格の一部のみを表示して消費者を誘引し、決済過程で追加費用を順次的に公開する行為であり、今回の改正により明示的に禁止されました。総価格の秘匿による価格比較及び合理的選択の阻害を防止する規定であり、「最初の画面」とは検索結果、カテゴリーページ、初期画面バナー等、消費者を誘引する初期表示を意味します。総価格には、付加価値税、送料、設置費等の必須費用全てが含まれます。当該規定に限り、公取委は事業者の準備期間を考慮して2025年2月14日から8月13日までの6か月間は行政罰則を賦課せず、事業者の自主的な是正を促し、制度を円滑に定着させるようにすると発表しました。
③特定オプションの事前選択(法第21条の2第1項第2号)
これは、事業者が消費者に有利な追加商品・サービスオプションをあらかじめ選択済みの状態に設定し、消費者が意識しないまま受け入れさせる行為を意味します。消費者が望まない購入・加入・契約締結を無意識に行うことを防止するため禁止行為として規定されました。但し、消費者が過去に自ら指定した配送先の自動選択や、自ら設定した初期値等、純粋に利便性の提供を目的とする自動選択は例外として認められます。
④誤解を生む画面構造(法第21条の2第1項第3号)
画面設計において選択項目の大きさ、色彩、形状等に著しい差異を設けることにより、特定の項目へ誘導する行為が禁止されます。中立的な画面構成を保障し、消費者の誤解による選択を防止する趣旨であり、特定の項目のみを不鮮明に表示又は発見しにくい位置に配置したり、逆に特定の項目のみを過度に強調する場合がこれに該当します。
⑤取消・解約の妨害(法第21条の2第1項第4号)
加入・購入手続よりも解約手続を複雑に設計したり、特定の方法でしか解約できないように制限する行為を意味します。これは、解約手続の過度な障壁により消費者の意思決定をためらわせる行為を防止するための規定ですが、精算が必要な場合や法令上特別な手続が不可避な場合は例外として認められます。
⑥繰り返し干渉(法第21条の2第1項第5号)
既に一度下された選択を変更させるよう繰り返し要求する行為を意味します。過度なポップアップや再要求により消費者を圧迫し、その結果消費者が熟慮せずに同意してしまうことを防ぐものであり、消費者が同一の要求を少なくとも7日間は受けないよう設定しなければなりません(同法施行令第27条の2)。但し、単なる事実確認や情報提供はこれに該当しません。
制裁手段及び過料規定
事業者がこれらの新しい電子商取引法に違反した場合、公取委は是正命令を発することができます(法第32条第1項)。この是正命令にもかかわらず、違反行為が繰り返され又は是正されない場合、又は是正措置のみでは消費者被害の防止が困難である場合、もしくは被害の補償が不可能であると判断される場合には、1年以内の期間において営業の全部又は一部の停止を命ずることができます(法第32条第4項)。さらに、営業停止命令が消費者等に著しい不便を与えるおそれがあると認められる場合には、これに代えて、違反行為に関連する売上額を超えない範囲で課徴金を賦課することが可能です(法第34条第1項)。また、各違反行為については500万ウォン以下の過料が科される場合があります(法第45条第4項)。
並行する他の法制に関する展望
韓国においては、上記のダークパターン規制とは別に、オンラインプラットフォーム取引の公正化を図るための包括的な法制度の改正に関する議論も並行して進められています。また、反復的な少額被害への対応として、集団訴訟制度や懲罰的損害賠償制度の導入が議論されており、さらに、個人情報の取扱過程におけるダークパターンについても、電子商取引法と同程度の規制補完が必要であるとの声が高まっています。これに伴い、今後は韓国の公取委、放送通信委員会、個人情報保護委員会等の省庁間協力による規制強化が見込まれます。もっとも、最近では米国の通商圧力の一つとして、このようなオンラインプラットフォーム関連規制が米国のビッグテック事業者を不当に差別するものであり撤廃すべきであるとの主張も提起されており、果たしてどの程度の水準で立法化がなされるかについては、今後の推移を注視する必要があります。
このようなダークパターン規制に限らず、韓国は日本と比較して、実際にEUを中心に立法化される先制的な規制が、より強い罰則規定を伴った厳格な規制の形式で迅速に立法化される傾向がある点も留意すべきです。これは、日本に比して少数者や社会的弱者の保護に重点を置き、積極的な制度介入による後見的性格を示す国家制度及びシステムの特質や、市場中心の自律的是正よりも国家権力に基づく迅速な被害救済を求める社会的風潮、そして直接選挙制度に基づくボトムアップ型の社会的苦情処理メカニズム及び政治的意思決定プロセス等、様々な要因に起因するものであると理解できます。これらの背景事情を把握しておくことは、韓国法令及び規制の変化を理解するに当たり、大変参考となるものと考えられます。
TMI総合法律事務所のコリアンデスクでは、李濬熙(リ・ジュンヒ)外国法事務弁護士(韓国法)を中心に、複数の韓国法及び日本法弁護士がクライアントの韓国及び韓国法関連の案件や争点について、直接又は韓国現地の法律事務所と連携して、有機的かつ総合的な対応及びサポートを行っております。上記の内容に関連し、ご不明な点又は韓国ビジネス全般についてご質問がございましたら、いつでもTMI- Koreandesk@tmi.gr.jp までご連絡いただければ、誠実に対応させていただきます。
*このニュースレターはコリアンデスクのインターン生である李秀英(慶應義塾大学 法学部 政治学科 3年生)の協力を得て作成しました。