オーストラリアにおけるESG
ご存じのように、ESGは、企業組織に対して影響を与え得る、または、機会を提供し得る、環境、社会及びガバナンスに関する事項を表す用語として知られています。オーストラリアにおいても、各企業に対する、ESGへの取組みを行っているかどうか、及び、ESGに関連するリスクをマネージしているかどうかという点について、投資家、金融機関、地域社会及び規制当局などの様々なステークホルダーからの監視の目は増々強くなっています。
特に資源エネルギー業界においては、気候や自然環境への影響の回避、低減及びオフセットについての報告義務などの強い規制につながっています。それと同時に、これらのESG関連の義務によって、未利用地の再生可能エネルギープロジェクトへの用途変更、持続可能なイノベーション、及び、炭素・生物多様性(biodiversity)を保全・利用するプロジェクトの実行などの大きな機会も生み出されています。
そこで以下では、資源エネルギー業界の投資家が注目すべき、オーストラリアにおける5大ESGトピックスについて、概要を解説いたします。
気候関連情報開示義務(Mandatory Climate-Related Disclosures)
2024年9月、オーストラリアにおいて初めて、気候関連の財務報告に関する連邦法の制度が導入されました。この制度により、企業は、年次報告書(annual report)において、ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標・目標の4つの柱において、気候に関連した重要な財務リスクや機会を記載したsustainability reportを別途作成し開示することが義務付けられました。具体的な報告基準については、二つの会計基準(報告義務に関するAASB S2 Climate-related Disclosures、及び、任意報告に関するAASB S1 Geneal Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information)に記載されています。
この制度は2025年1月1日、2026年7月1日及び2027年7月1日の3段階に分けられて施行されますが、大企業(National Greenhouse and Energy Reporting Act 2007 (Cth)(NGER)の下で報告義務があった企業、及び、所定の売上、純資産または従業員数の基準を満たした企業)については、2025年1月1日から既に報告義務が課せられています。資源エネルギー業界の企業については、ほとんどの企業がNGERで既に報告が義務付けられていましたので、既にこの開示制度が適用されています。
豪州現代奴隷法
オーストラリアの現在奴隷法(Modern Slavery Act 2018(Cth))は、100百万豪ドル超の年間連結売上がある(かつ、豪州企業であるか、豪州で事業を行っている外国企業)企業に対し、modern slavery statementと呼ばれる説明書を毎年作成し、公表することを義務付けています。説明書には、当該企業の事業やサプライチェーンにおける人身売買、強制労働や児童労働などのリスクを記載する必要があります。仮に100百万豪ドルの基準に達しない場合でも、任意に説明書を作成・公表し、企業の評判を高めることは可能です。
説明書はウェブサイトで公表され、誰でも見ることができます。報告主体となる企業やその子会社等の事業の場所を問わず、また、自ら直接管理支配する事業だけでなくサプライチェーン全体についても報告が必要となる点がポイントです。
同法の見直しと改正の検討が2024年から行われており、今後罰則が導入される見込みとなっています。
Nature Positive
オーストラリアは、Global Diversity Frameworkの採択国として、2023年までのnature positiveの目標達成を推進しています。nature positiveの意味については様々な考え方がありますが、自然環境の回復(restoration)と修復(repair)を中心とした概念です。nature positiveのためには、自然環境に対する危害を避け、軽減し、また、埋め合わせる(最終手段として)ための手段を構築することが必要となります。このため、新しい資源エネルギーのプロジェクトや既存プロジェクトの変更については、早期にかつ慎重に計画しなければならず、例えば、危害を避けるためのロケーションの検討や拡張の検討が必要となります。
オーストラリア政府は、環境に関する連邦法を大幅に改正することを表明しています。その改正内容には、環境基準の強化、先住民との自然環境保護に関する対話推進、及び、環境保護を促進するための任意に利用可能なnature repair market(NRM)の設置、が含まれています。
NRMの設置は、既に2025年3月に実施されました。NRMでは、個人や組織が農地に木を植えたりするなどのプロジェクトに関するbiodiversity certificatesを発行・取引することができ、投資家が土地所有者と自然保護に関して協力することにより利益を上げたり機会を創出することができるものです。
また、2025年末までには、環境保護を所掌する連邦政府の省庁の設置、Environmental Information Agencyという環境にかかるデータ収集と報告を所掌する省庁の設置、及び、連邦政府の環境評価手続及びエンフォースメントの強化などが予定されています。
カーボンクレジット市場
オーストラリアには活発なカーボンクレジットの市場があり、①土地所有者は、Australian Carbon Credit Units (ACCU)を発行して市場で売却することによって収益を得る機会を創出するために、土地上でカーボンクレジットの発行対象となる排出削減プロジェクトを実施することができ、また、②企業は、その法令上の義務を果たし、あるいは、自らのESGに対する取組目標を達成するために、ACCUを購入することできます。
資源エネルギー業界の企業には、②に関し、年間10万トン超の二酸化炭素換算量の対象排出を排出する施設(指定大量排出施設)に適用されるセーフガード制度があります。このセーフガード制度において各指定大量排出施設は2030年までの各年度において排出量ベースラインを4.9%減らす義務がありますが、ACCUを購入することにより、購入した分についてその義務を果たすことができます。
グリーンウォッシングと競合他社間での共同
グリーンウォッシングとは、環境関連の商品やサービスの特性、あるいは、資源エネルギー関連の積極的な環境効果について、ミスリーディングな、または、虚偽の表示等をすることをいいます。グリーンウォッシングは、競争法当局である豪州競争消費者委員会(ACCC)や法務当局である豪州証券投資委員会(ASIC)などのオーストラリアの規制当局が摘発に向けて重要視しているだけでなく、消費者団体、企業の株主あるいは気候変動関連団体からも民事訴訟の対象として注目されています。
資源エネルギー関連企業とのジョイントベンチャー、オフテイク契約の締結あるいは金融取引を行っている投資家も、直接に、グリーンウォッシング行為について、上記の規制当局の調査対象となったり、民事訴訟の被告となるリスクがあります。特に、「ネットゼロ」、「カーボンニュートラル」及び「カーボンオフセット」などの表示は明確かつ適切な裏付けがない限りハイリスクと言えます。実際に、2025年5月には、ある環境団体が、訴訟提起をしていた大手電力会社との間で、「カーボンオフセット」を称していた商品について和解を成立させています。
また、排出を削減するため、または、再生可能エネルギープロジェクトを開発するためなどに競合他社と共同することは、カルテルに該当し、重い罰則の対象となってしまう可能性があります。特に、価格カルテル、市場分割、供給制限・生産制限や談合等の競合他社間の合意には注意が必要であり、事前にストラクチャリングなどについて法律事務所のアドバイスを求めるべきです。ACCCは、合意から生まれる公への環境的利益が競争制限効果を上回る場合には、合意を認可(authorisation)することができますので、かかる合意をすることが資源エネルギー企業にとって重大な利益となり得る場合には、法律事務所のアドバイスを受けて、法的なリスクとレピュテーションリスクを低減できるか検討すべきと言えます。
最後に
資源エネルギー企業にとってのESGは、短期的にも長期的にも財務的に大きな影響を与える要素となってきており、また、ESGに対する取組みを着実かつ積極的に実行していくことが、ステークホルダーに対する社会的責任を果たしていく上でも極めて重要になっています。
オーストラリアにおけるESGを取り巻く規制状況が刻々と変化する間に、環境にかかるマーケットがより発達し、規制当局は任意の制度から義務的な制度に変えようとしてきていますので、資源エネルギー業界の企業としては、引き続き、そのリスクと機会を注視していく必要があると言えます。