はじめに
気候危機への対応は、全世界が共通して直面している課題です。今年2月、日本政府はGX2040ビジョンを発表し、再生可能エネルギーの拡大を国家戦略として提示し、特に洋上風力を国家エネルギー転換の核心軸の一つと位置付けています。
韓国も日本と同様に再生可能エネルギーに対する政策変化を経験してきました。文在寅政権(2017年~2022年)時代には再生可能エネルギー拡大政策により大規模風力プロジェクトが推進されましたが、政権交代で誕生した尹錫悦政権(2022年~2025年)が新再生可能エネルギーの比重を縮小し、原子力発電を相対的に重視する政策基調を示すことで、再生可能エネルギー産業は危機に直面した経緯があります。
それにもかかわらず、洋上風力は三方が海に囲まれた韓国の立地潜在力を活用できる再生可能エネルギー源として、カーボンニュートラル時代を牽引する核心電源であり、関連産業への波及効果が大きい未来産業として評価されてきたところ、2021年から現与党議員を中心に、従来の民間主導による洋上風力開発で生じた問題点を解決するため複数の法案が提出され、約3年間の議論を経て李在明大統領への政権交代局面において「洋上風力普及促進及び産業育成に関する特別法」(以下「洋上風力法」)が成立しました。この法律は2025年3月25日に制定・公布され、2026年3月26日の施行を控えています。
洋上風力法の主な骨子は、従来の民間主導・個別許認可方式から脱却し、政府が立地を計画的に発掘し事業者を選定する方式へ転換するとともに、統合許認可制度を導入して許認可に対する協議の窓口を単一化することです。これにより、日本やデンマークなど他国の洋上風力事業開発方式と一層類似した構造を備え、グローバルスタンダードにも近づきました。日本企業にとっては、制度的な親和性を基盤に、既存の経験とノウハウを韓国プロジェクトに適用できる投資機会がさらに拡大することが期待されます。
また、2025年6月に発足した李在明政権は「再生可能エネルギー100GW達成」を含むエネルギー転換戦略を公式化し、政府横断的な洋上風力普及加速TFを発足させるなど、洋上風力発電を本格的に推進しています。これにより、洋上風力法という新たな制度的枠組みと政府の意志が結びつき、韓国の洋上風力開発は今後さらに迅速に普及・拡大することが期待されます。以下では、洋上風力法制定に伴う示唆点と洋上風力法の主な内容について考察します。
示唆点
(1) 事業参入戦略上の変化
洋上風力法による核心的な変化は、「発電地区」の導入と、「事業者選定」方式です。これまでのように事業者が先に風況計測器を設置して立地を先取りする方式は、もはや不可能です。今後は韓国政府の発電地区指定計画を綿密にモニタリングし、指定された地区の事業者選定公募に参加する方式に事業戦略を転換する必要があります。ただし、経過規定により法律施行前に発電事業許可を受けた事業者(法律公布後3年以内に発電事業許可を受けた者を含む)は、引き続き既存の許可に基づき事業を推進することができ、一定の要件を満たせばその選択に応じて洋上風力法に基づく手続きを進めることができます。
(2) ワンストップ許認可手続きによる開発促進への期待
従来、韓国で洋上風力発電事業を行うためには、複数の法律に基づく許認可を個別に取得しなければならず、手続き上の遅延や多数の事業者による許認可申請に伴う法的紛争が頻発し、発電事業許可後も開発行為許可段階で環境・安全・住民反対などを理由に拒否されるなど不確実性が高い状況にありました。洋上風力法はこうした問題を解決するために制定されたもので、手続きと窓口を一元化することで事業の不確実性を低減することが期待されています。
(3) 政府及び利害関係者とのコミュニケーション強化
政府が立地発掘から事業者選定まで主導することになり、産業通商資源部など中央政府の政策方向と手続きを正確に把握することが何よりも重要となりました。特に、洋上風力法が洋上風力発電事業者の選定に際し、設備規模200MW以上の石炭火力発電所を所有する公共機関を優遇できると規定しているため、公共部門の影響力が拡大する見込みです。
(4) 日本における経験の韓国市場適用可能性
洋上風力事業は、世界的なインフレ等の影響を受けて、欧米でも事業性悪化のために開発を中止したり、入札が不調に終わる例が増加しています。日本でも、8月に三菱商事などが3海域での事業から撤退を表明するなど、その影響は顕著になっています。しかしながら、洋上風力は、日本のエネルギー政策において、再エネの主力電源化に向けた重要な電源であり、日本政府は、事業環境整備を行った上で、引き続き、洋上風力発電事業を推進する方針を示しています。洋上風力法の導入により、韓国における事業推進方式は、国が指定した区域において国が選定した事業者により事業が行われるという点において、日本の「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律 」に基づく方式と類似したものとなりました。これにより、日本企業が今後韓国の洋上風力発電に投資する際には制度的な親和性が期待され、日本で豊富な経験を蓄積してきた専門家が韓国市場においても重要な貢献を果たすことが期待されます。
洋上風力法の主な内容
区分 |
内 容 |
備考 |
予備地区及び発電地区指定 |
予備地区指定、基本設計案策定及び発電地区指定手続き並びに漁業者の参加優遇 |
第12条から第21条 |
予備妥当性調査に関する特例 |
企画財政部長官は必要と認める場合、予備妥当性調査を免除することができる |
第22条及び第23条 |
洋上風力発電事業者の選定及び実施計画の承認 |
洋上風力発電事業者の選定及び実施計画の承認手続の規定 |
第24条及び第25条 |
許認可の擬制 |
洋上風力発電事業者が開発実施計画の承認等を受けると、他の法律にある許認可を受けたものとみなす |
第26条及び第27条 |
予備地区及び発電地区以外の電気事業許可等禁止/既存事業者経過規定 |
新規風況計測器設置許可禁止(公布日から施行) |
第33条及び附則第1条、第2条 |
洋上風力産業及び関連産業の支援 |
サプライチェーン活性化、公有水面占用料・使用料特例、エネルギー転換支援など、洋上風力発電産業の振興に関する事項 |
第34条から第43条 |
TMI総合法律事務所のコリアンデスクでは、李濬熙(リ・ジュンヒ)外国法事務弁護士(韓国法)を中心に、複数の韓国法及び日本法弁護士がクライアントの韓国及び韓国法関連の案件 や争点について、直接または韓国現地の法律事務所と連携して、有機的かつ総合的な対応及びサポートを行っております。上記の内容に関連し、ご不明な点又は韓国ビジネス全般についてご質問がございましたら、いつでもTMI-Koreandesk@tmi.gr.jpまでご連絡いただければ、誠実に対応させていただきます。
*本ニュースレターはコリアンデスクで研修中の韓国弁護士金廬(キム・リョウ、 SHIN&KIMのプロジェクト・エネルギーグループ所属)の協力を得て作成しました。