1.背景・概要
ベトナム国会は2025年6月14日、デジタル技術産業法第71/2025/QH15号(デジタル技術産業法)を可決した。デジタル技術産業法は2026年1月1日に施行予定であり、暗号資産を含むデジタル資産を初めて法的に承認し、包括的に規制する枠組みを整備したものであり、AIや半導体などと並び暗号資産分野を国家戦略の一つとして管理・発展するものである。
その後、ベトナム政府は2025年9月9日、ベトナムにおける暗号資産市場の試験導入に関する政府決議第05/2025/NQ-CP号(05号決議)を公表し、同日から5年間の試験導入が開始された。
本ブログでは、上記の試験導入の対象となる制度であるベトナム暗号資産規制の詳細について、特に①暗号資産取引所(仮想通貨交換業)ライセンス制度と②トークン発行(ICO)規制に焦点を当てて説明する。
2.暗号資産サービス事業者の許認可制度
2.1.許認可の要件と現地拠点
05号決議では、暗号資産サービス事業者は、▽暗号資産取引所を運営する者、▽自己の暗号資産を経営する者、▽暗号資産の受託管理を行う者、および▽トークン等の暗号資産を発行するためのプラットフォームを提供する者を含むと定められた。また、暗号資産サービス事業者となるための厳格な許認可要件が定められた。
まず、事業者はベトナムで設立された有限会社または株式会社でなければならず[1]、その主要な要件は以下のとおりである。
- 最低資本金:10兆ベトナムドン以上[2]をベトナムドン建てで払い込んだこと[3]。
- 出資構成:出資者の65%以上を機関投資家が占め、かつ少なくとも銀行・証券・信託・保険・テック企業である機関投資家のうち2つの機関投資家が合計35%以上を出資すること[4]。外国資本比率は49%以下に制限され、個人による出資は認められない[5]。
- 経営陣・人材:代表取締役社長(General Director)に金融分野2年以上の実務経験者、CTO(最高技術責任者またはそれに準ずる職位)に金融・証券・銀行・保険・信託・IT分野5年以上の経験者を据えるなど、金融・ITに精通した経営陣を配置する必要があること[6]。さらにサイバー情報セキュリティ法第86/2015/QH13号に定めるサイバーセキュリティ資格保有者10名以上の確保など人材面でも厳しい基準が課されている[7]。
- システム要件:取引システムは情報安全に関する法令に定めるレベル4の高度なサイバーセキュリティ基準を満たす必要があり、内部管理面でもリスク管理、カストディ(資産管理)、取引・開示、マネロン対策、利益相反管理、投資家保護に関する包括的な内部規程を整備すること[8]。
以上のように高い資本力とガバナンス体制を持つ企業のみが参入可能であり、事実上、金融機関や大手テクノロジー企業とのジョイントベンチャーによる参入が主流となる見込みである。実際、ベトナム政府はまず銀行・証券会社中心に5社程度の暗号資産サービス事業者を試験的に認可する方針を示しており[9]、国内大手銀行(軍隊銀行など)は韓国Upbit運営企業との提携による取引所設立準備を進めている[10]。
2.2.許認可の申請手続と審査
暗号資産サービス事業者のライセンス申請先はベトナム財務省(MoF)とされている。申請企業は上記要件を満たした上で申請書類を提出し、財務省が国家銀行(SBV)や公安省(MPS)と協議のうえ審査を行う。審査プロセスは比較的迅速で、申請から30日以内に当局が参加可否を決定することと定められている[11]。許可が下りた場合、認可企業は30日以内に取引プラットフォームの運用開始を行う義務がある[12]。
審査にあたって重視されるのは、申請企業の財務健全性・事業計画・内部管理体制・技術的安全性などである。特にFATF(金融活動作業部会)からグレーリスト指定を受けている経緯もあり、マネーロンダリング防止やテロ資金供与対策の実効性が厳格にチェックされる見通しである[13]。申請手数料や詳細な手続きフローについては政令・通達で定められる予定であるが、許認可取得には高度な専門性とコンプライアンス体制が不可欠と考えられる。
2.3.ライセンス取得後の義務
ライセンス取得後、暗号資産取引所には多岐にわたる運営上の義務が課される。主なものは以下のとおりである。
- 投資家保護策[14]:利用者のKYC(顧客確認)徹底、顧客資産と自己資産の明確な分別管理、高度なサイバーセキュリティ対策の維持、利用規約の整備、紛争解決手続の用意などが求められる。また、ハッキング等によるシステム侵害で利用者に損失が生じた場合には損失補填措置を講じる義務も規定されている。
- マネーローンダリング対策(AML)・テロ資金供与対策(CFT)の徹底[15]:マネロン・テロ資金対策として、一定額以上(例えば1000米ドル超)の取引モニタリングや疑わしい取引の当局報告義務が課される。国際的基準に即したAMLポリシーの策定と社内研修の実施、海外関連法令への適合も要求されている。
- 情報開示・報告:利用者向けの手数料体系や取引ルールを透明かつ正確に開示することが義務付けられる[16]。さらに会計・監査基準を順守し、定期的な業務報告を監督当局(財務省等)に提出する義務がある[17]。重大なシステム侵害発生時には当局への速やかな報告が必要となる[18]。
- データの国内保管:全ての取引記録や顧客データは最低10年間、国内に保存することが義務付けられている[19]。これはデータローカライゼーション規制の一環であり、当局監査時に迅速に提供できる体制を整えておく必要がある。
- 国内投資家の取引制限:試験導入期間中は国内居住者の新規トークン購入が制限されている(後述のICO規制参照)が、既に保有する暗号資産については認可済み国内プラットフォーム上での売買が認められる[20]。もっとも、初の取引所ライセンス交付から6か月経過後、国内投資家が財務省承認のプラットフォーム以外で取引することは禁止され、違反すれば行政・刑事罰の対象となる[21]。この規定は海外市場での無許可取引(いわゆるグレーな取引)を実質的に終焉させる強力な措置であり、海外業者に対してもベトナム人投資家の利用制限や現地提携の必要性を突きつけるものとなっている[22]。
以上のように、暗号資産サービスをベトナムで行うためには厳しいハードルが設定されている。一方で、規制の明確化により投資家保護と市場の信頼性向上が図られるため、参入できる企業にとっては健全な市場育成に寄与できるメリットもある。今後5年間の試験運用を通じて課題や改善点が洗い出され、将来的には暗号資産を正式な金融エコシステムに組み込む道筋が構築される見通しである[23]。
[1] 05号決議第8条1項。
[2] 2025年11月15日現在のレートで約586億円
[3] 05号決議第8条2項。
[4] 05号決議第8条3項a号。
[5] 05号決議第8条3項d号。
[6] 05号決議第8条5項a号、b号。
[7] 05号決議第8条5項c号。
[8] 05号決議第8条6項、7項。
[9] 05号決議第17条1項dd号。
[10] 暗号資産取引所、5社に試験運営認可へ 銀行が本格参入を準備 - ベトナム株情報
https://www.viet-kabu.com/news_d/industry/250820163141.html
[11] 05号決議第10条4項。
[12] 05号決議第10条6項。
[13] ベトナム、デジタル技術産業法で仮想通貨を合法化 | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン
https://jp.cointelegraph.com/news/vietnam-legalizes-crypto-sets-digital-tech-ambitions
[14] 05号決議第15条2項a号。
[15] 05号決議第15条2項b号。
[16] 05号決議第15条2項c号、e号。
[17] 05号決議第15条2項d号、3項a号。
[18] 05号決議第15条3項b号。
[19] 05号決議第15条2項l号。
[20] 05号決議第7条1項。
[21] 05号決議第7条2項。
[22] Vietnam: Government Sets Legal Framework and Launches Pilot Program for Tokenized Assets - DFDL
[23] ベトナム政府、暗号資産市場の5年試験導入を開始 透明性と投資家保護を重視 | Plus Web3 media
https://plus-web3.com/media/latestnews_1000_5239/
3.トークン発行(ICO)規制の詳細
3.1.発行者の条件と対象投資家
05号決議の下、ベトナム国内でトークンなどの暗号資産を発行する場合には一定の要件がある。まずトークン発行体はベトナムで設立された有限会社または株式会社に限られ、外国企業が直接国内でICOを実施することはできない。発行体は発行にあたって、当局からライセンスを受けた発行プラットフォーム(取引所等)を通じて行うこととされている[24]。発行されるトークンは実物資産に裏付けされたもの(トークン化資産)に限られ、証券や法定通貨を裏付けとするもの(セキュリティトークンやステーブルコイン)は対象外と明示されている[25]。言い換えれば、トークンの裏付資産が現実に存在しない純粋なユーティリティトークン等は、試験導入の枠組みでは認められない点に注意が必要である。
加えて、試験導入期間中の投資家保護策として、新規発行トークンの提供対象は外国人投資家のみに限定されている[26]。ベトナム国内投資家(居住者)はICOに参加できず、新規トークン購入はできない仕組みである。この措置は、まずは海外の専門的な投資家を相手に市場整備を進め、同時に国内一般投資家を未知のリスクから保護する狙いがあると考えられる[27]。裏を返せば、ベトナム企業が国内でICOを行う場合、発行するトークンは海外投資家向けの商品となる点を踏まえてプロジェクト設計を行う必要がある。
3.2.発行手続と情報開示義務
トークン発行に際しては、発行体企業は財務省が許可した暗号資産サービス事業者において所定の手続きを踏む必要がある。具体的には、発行予定トークンの目論見書を少なくとも発行15日前までに一般に公開し、投資家に必要情報を開示することが義務付けられている[28]。この目論見書には、05号決議の様式01に基づき、トークンの権利内容・裏付資産の詳細・発行者の財務状況・プロジェクトのリスクやロードマップなどが記載されるとみられ[29]、証券の新規公開(IPO)における目論見書に類似した透明性確保策となっている[30]。
発行および取引は全てベトナムドン建てで行われ、資金決済も法定通貨であるベトナムドンを通じて実施される[31]。外国人投資家は発行プラットフォームで取引に参加するため、ベトナム国内の銀行に専用のベトナムドン建て口座を開設し、当該口座経由で投資資金の送金・受取を行う必要がある。この専用口座は用途が限定されており、トークン購入代金の支払い・売却代金の受取・利益送金(外国送金)等、認められた目的にのみ使用できる。投資家は既存の専用口座から資金を移して別の専用口座を利用しようとする場合、不要になれば口座を閉鎖する義務がある[32]。これらの措置により、クロスボーダー資金移動が伴うトークン取引についても国家銀行による外為管理の枠内で資金フローを把握・統制することが可能となっている。
なお、発行されたトークンの外国人投資家間での売買については財務省が認可権限を持つとされ、適合性審査を経た発行プラットフォーム上でしか行われない仕組みになると予想される[33]。財務省は取引動向を監督し、不公正な勧誘や風説の流布など違法行為が無いかチェックするとともに、市場安定化措置を講じる役割も担うと見られる[34]。発行体や暗号資産サービス事業者は、必要に応じて当局から追加情報提出や是正指示を受ける可能性があり、常に当局との連絡体制を保つことが求められると考えられる。
3.3.投資家保護
トークン発行に関する規制でも投資家保護が重視されている。まず前述のとおり、試験導入段階ではリスクの高いICO案件を国内個人に販売しない仕組み(外国人限定)が採られている。さらに、発行プラットフォームを運営する暗号資産サービス事業者には投資家保護のための包括的な義務が課されている。具体的には、発行・取引プロセスでの厳格なKYC実施、資金の流れの追跡、発行体から提供された情報の真実性・完全性の確認、公正な価格形成の確保、不当勧誘の防止などが挙げられる。また、発行体・暗号資産サービスともに定期的な情報開示義務が課せられ、例えば発行体はプロジェクトの進捗や裏付資産の状況を継続開示し、取引所は取引高や相場動向など市場情報を公開することが期待される。
こうした規制により、投資家は透明性の高い情報に基づいて判断でき、万一不正や契約違反があれば法的救済も可能となる。実際、デジタル技術産業法にはサイバー犯罪対策やマネーロンダリング防止策も国際基準に沿って織り込まれており、ベトナム当局が暗号資産分野の健全化と投資家保護に本腰を入れていることが伺える[35]。今後、発行状況や投資家からのフィードバックを踏まえて規制内容が見直される可能性もあり、継続的な情報収集と対応が必要である。
[24] 05号決議第5条1項。
[25] 05号決議第5条2項。
[26] 05号決議第6条1項。
[27] ベトナム政府、暗号資産市場の5年試験導入を開始 透明性と投資家保護を重視 | Plus Web3 media
https://plus-web3.com/media/latestnews_1000_5239/
[28] 05号決議第6条3項。
[29] 05号決議附録の01号様式。
[30] Vietnam: Government Sets Legal Framework and Launches Pilot Program for Tokenized Assets - DFDL
[31] 05号決議第4条7項。
[32] 05号決議第13条1項。
[33] 05号決議第6条2項。
[34] 05号決議第17条1項b号。
[35] ベトナム、デジタル技術産業法で仮想通貨を合法化 | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン
https://jp.cointelegraph.com/news/vietnam-legalizes-crypto-sets-digital-tech-ambitions
4.その他の関連規制とビジネスへの影響
最後に、暗号資産関連ビジネスに影響を与えるその他の周辺規制について簡単に触れる。
- データローカライゼーション(個人情報保護・サイバーセキュリティ):先述のように、暗号資産サービス提供者は取引データや顧客情報を国内サーバーに少なくとも10年間保管する義務がある。事業者にとっては現地データセンターの利用や情報セキュリティ基準への適合が不可欠となり、相応のITインフラ投資とコンプライアンス体制構築が求められる。
- 資本規制・外為管理:暗号資産の発行・取引・決済はすべてベトナムドン建てで行うことが義務付けられており、外国通貨や暗号資産そのものを支払い手段に用いることは禁止されている。また、外国人投資家については専用のベトナムドン建て口座を介した資金決済・送金が要求され、トークン売買益の本国送金も当局管理下で行われる。これらは外貨流出入の監視・統制を目的とした資本規制上の措置であり、暗号資産を利用した抜け穴的な送金やマネロンを防止する効果がある。ビジネス上は、現地銀行との提携や資金フロー管理の強化が必要となるほか、為替レート変動リスクにも留意が必要である。
- 税制上の位置付け:デジタル技術産業法によって暗号資産が財産として認められたことで、課税上の取扱いも明確化されつつある。現在の試験導入制度では、暗号資産の譲渡益に対して証券取引と同様の税率(譲渡額の0.1%)を源泉徴収課税する案が示されている[36]。実際、財務省は個人所得税法の改正案で「デジタル資産取引に0.1%の取引税を適用する」ことを提案しており[37]、これが実現すれば高頻度取引でも簡便に税収確保が可能となる(※利益ではなく取引額に課税するため損失時も課税されるが、税率が低いため市場への影響は限定的との指摘がある[38])。一方、暗号資産関連企業に対してはデジタル産業振興策の一環で税制優遇(例:法人税の特別低税率適用)も検討されている[39]。例えばハイテク分野企業への優遇措置として、研究開発や投資プロジェクトに関する税控除・減税が受けられる可能性がある。総じて、暗号資産ビジネスは今後税務面での報告・コンプライアンス対応も必要となるため、現地税制の最新動向を注視することが重要である。
財務省は2025年11月18日、パブリックコメント募集を行うために、暗号資産および暗号資産の取引所に関する行政違反の処分を規定する政令案を公布した。同政令案の重要な規定としては以下が挙げられる。
- 財務省が許可した暗号資産サービス事業者以外の事業者を通じて暗号資産の取引を行った場合、組織である国内投資家は1,000万~3,000万ドン、個人である国内投資家は500万~1,500万ドンの罰金を科せられる。ただし、不当利得の没収は定められていない。
- 外国投資家は、専用口座の開設と利用に関する05号決議の規定を違反した場合、組織であれば3,000~5,000万ドン、個人であれば1,500~2,500万ドンの罰金が科される。専用口座の開設、又は暗号資産の取引に関する申告に当たり不正確なものを行った場合、組織であれば7,000万~1億ドン、個人であれば3,500~5,000万ドンの罰金が科される。
- 暗号資産の発行業者および暗号資産サービス事業者が05号決議に違反する行為が明記され、行為により最大2億ドンの罰金、さらに1~6か月間の許可停止又は6か月間の発行業務停止の追加処分を受ける。
ベトナムの暗号資産規制は、東南アジア新興国の中でも積極的かつ慎重なバランスを取った制度設計となっている。法的な保護と育成策を与える一方、決済手段としての利用は禁止を維持し、砂上の楼閣とならないよう実体経済と結びついたデジタル資産のみを受容する姿勢が見てとれる[40]。日本を含む海外の関連企業にとって、ベトナム市場は大きな潜在成長性を持つ一方、現地で遵守すべきルールは格段に増える。本ブログで解説した暗号資産サービス事業者ライセンスやICO規制、そして周辺のデータ・資本・税制の要件を踏まえ、適切な現地法人スキームの構築や内部統制・技術基盤の強化を検討することが不可欠であると考えられる。ベトナム政府は今後5年間の試験導入期間で制度の検証・改善を進める方針であり[41]、状況の変化に応じたアップデートも求められる。引き続き最新の法令動向を注視しつつ、現地専門家とも連携して万全の対応策を講じるべきである。
[36] 05号決議第4条9項。
[37] 改正個人所得税法案第10条3項d号、20条2項。
[38] Vietnam Officially Taxes Crypto Assets Like Securities — DEDICA LAW FIRM
https://www.dedica-law.com/eng-faqs/vietnam-officially-taxes-crypto-assets-like-securities
[39] ベトナム、デジタル技術産業法で仮想通貨を合法化 | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン
https://jp.cointelegraph.com/news/vietnam-legalizes-crypto-sets-digital-tech-ambitions
July 2025 – Duane Morris Vietnam
[40] Is Vietnam Finally Affirming Crypto-Rights? | NUR Legal
[41] ベトナム政府、暗号資産市場の5年試験導入を開始 透明性と投資家保護を重視 | Plus Web3 media