制度導入の背景と意義
2025年8月25日、フランスで経営者等の住所を商業登記簿(RCS)や企業全国登録簿(RNE)の公開情報から非表示にできる新制度が施行されました。日本でも2024年10月から代表取締役の住所を登記事項証明書において市区町村までの表示にとどめる非表示措置が導入されていますが、フランスの制度はその対象範囲をより広く設定し、役職者全般に適用する点に特徴があります。背景には、2025年前半に暗号資産関連企業の経営者や関係者が襲撃の被害に遭うなど、安全確保への社会的要請が高まったことがあります。本稿では、この新制度の意義と実務上の留意点について整理します。
制度の対象
非表示措置の対象は、フランス商法典に規定される法人の役職者であり、経営者や取締役会・監査役会の構成員、監査役、外国法人支店の代表者、さらには法人取締役の恒久的代表者まで含まれます。いずれも法人を代表し、対外的な意思決定に関与する者である点に共通性があります。
他方、個人事業主については今回の制度の対象外とされており、従来どおりその住所が公開登記情報に記載され続けるという線引きが存在します。
申請手続と提出書類
住所非表示の申請は、登記関連手続きを一元的に扱うオンライン窓口「Guichet unique」を通じて行います。
登記申請と同時に行う場合には、設立、役員変更、解散といった登記に伴い提出される書類について、公開用に住所を削除した版と、内部保存用の完全版、そして非表示を求める申出書を併せて提出することが求められます。
これに対して単独で行う場合には、会社が過去に提出した書類を遡って精査し、非表示の対象とする文書を特定し、個別に差し替える作業が必要となります。したがって、後者の場合には、会社が積み重ねてきた登記書類全般の確認という、相応の事務的負担が不可避です。
なお、株主に関しては非表示の対象に含まれておらず、原始定款や増資時の株式引受人リストに記載された住所については公開が維持される点に留意が必要です。
反映期間および費用
登記所は申請を受理した後、原則として五営業日以内に非表示措置を反映させることとされています。迅速性が確保されている一方で、費用については申請のタイミングにより差が設けられています。すなわち、登記手続と同時に申請する場合には追加費用が不要であるのに対し、単独申請の場合には、登記簿(Kbis)における非表示化のために53.38ユーロが、さらに個別の書類ごとに7.63ユーロが課されます。
非表示住所の内部取扱いとアクセス権限
非表示となった住所は、公開情報から削除されるものの、登記所およびRNE(全国企業登録簿)においては完全版の形で保存され続けます。そのため、一般公開こそ制限されるものの、一定の主体については閲覧権限が残されています。
具体的には、会社の法定代表者や株主のほか、任期中に発生した債権を有する債権者、行政・司法当局、マネーロンダリング防止を担うTracfin、さらには社会保障機関であるUrssaf等がアクセス可能とされています。すなわち、一般公衆に対する無制限な公開は制限しつつも、正当な利害関係を有する者については引き続き情報入手の道を残すという、二層構造的な仕組みとなっています。
実務上の留意点と展望
今回導入された制度は、企業情報の公開制度とプライバシー保護との調和を図るものであり、実務上も重要な意味を持ちます。しかし、過去の書類を対象として非表示を申請する場合には、会社の提出履歴を一つひとつ確認する必要があり、実務負担は軽視できません。また、株主住所が非表示の対象から外されていることから、定款や資本関係書類に関する取扱いについては依然として注意が求められます。今後の運用実績や追加的な法整備を通じ、この制度が企業実務にどのように浸透し、経営者の安全確保にどの程度寄与するかが注目されます。