はじめに
フランスでは近年、付加価値税(TVA)に関する不正行為を防止するため、キャッシュレジスター用ソフトウェア(レジソフト)に対する認証制度の導入が進められています。この制度は、ソフトウェアの「不変性」「セキュリティ」「保存」「アーカイブ」の4要件を技術的に保証し、税務当局(DGFiP)が販売データを信頼できる形で検証できるようにすることを目的としています。
本稿では、制度の背景、対象事業者、求められる要件、罰則および準備スケジュールを解説し、2026年9月の完全実施に向けて企業が取るべき対応を整理します。
本制度の背景と目的
フランスではこれまで、レジソフトの改ざんを通じて次のような 典型的な TVA 不正 が横行していました。
- 売上の過少申告や抹消:現金取引の一部を入力しなかったり、入力後に抹消して売上を少なく見せる。
- 虚偽請求書:存在しない販売を記録し、架空の経費や支出を装って TVA を不正に還付・控除する。
- 還付詐欺:実際には発生していない支出を計上し、TVA の返金を不正に受け取る。
こうした行為の多くは、販売記録やレシートデータの改ざんを通じて行われており、レジソフト自体の信頼性を高めることが制度の出発点です。
認証制度の導入によって、税務当局は販売記録データを信頼できる形で検証できるようになります。もっとも、当局が常時すべてのデータにアクセスできるわけではなく、アクセスは税務調査時に限定されます。
税務調査時のデータ提示義務
認証ソフトを使用する事業者は、税務調査の際に次の情報を提示できるよう整備しておく必要があります。
- 販売記録、操作履歴、日次締めデータ:これらを改ざんや削除ができない形式で保存し、要求に応じて提出可能な状態にしておく。
- ログ・履歴管理:誰が、いつ、どの操作を行ったかを追跡できる仕組みを備える。
さらに、2026年以降、大企業から順次 電子請求書(e-invoicing)およびオンライン申告(e-reporting) が義務化される予定であり、税務当局の監査体制は一層強化される見込みです。
対象となる事業者
認証制度の対象となるのは、以下の条件をすべて満たす事業者です。
- TVA課税事業者であり(免税や基準免除を受けていない)、
- 消費者(非課税者)向けに販売を行い、
- その取引をレジ機能付きソフトウェアまたはシステムで記録・管理している場合。
ここでいう「レジ機能付きソフトウェア」とは、次のようなシステムを指します。
- 店舗のPOSレジやモバイル端末で稼働する販売記録システム
- 飲食店のオーダー管理・会計アプリ(注文入力と同時に会計処理が行われるタイプ)
- オンライン販売(eコマース)サイトの決済・売上記録機能
- ホテル・ジムなどの予約・支払一体型システム
すなわち、販売金額や消費税を自動計算し、販売記録を保存できる仕組みを持つソフトウェアが該当します。
対象外となる事業者
一方、以下の事業者は制度の対象外です。
- 小規模事業者としてTVA徴収義務が免除されている基準免除事業者
- 教育機関、医療機関、保険・金融機関などの免税事業者
- B2B取引のみを行い、すべての取引きについて請求書を発行している課税事業者
ソフトウェアに求められる要件
認証を受けるソフトウェアには、以下の4つの技術要件を満たす必要があります。
- 不変性:一度記録された販売データを後から削除・改ざんできない構造であること。
- セキュリティ:保存・転送時にデータ改変を防止する暗号化や電子署名を施すこと。
- 保存:販売データを一定期間(原則6年間)完全な形で保存できること。
- アーカイブ:日次・月次・年次などの締め処理ごとにデータを固定化し、後から検証できること。
特に、「累積データ」の保存義務は極めて重要です。フランス経済財務省および税務指針(BOI-TVA-DECLA-30-10-30)では次のように明記されています。
「ソフトウェアまたはシステムは、日次・月次・年次(または会計年度ごと)の締め処理を行い、その都度、累積および要約データを計算・保存できなければならない。」更に、「締め処理により生成された累積・要約データは、ソフトウェア内で保存され、不変性の保証を受け続けなければならず、決して削除してはならない。」
(※「不変性」とは、保存されたデータが後から変更・削除・上書きされることがなく、記録時の内容が技術的に保証されている状態をいいます。)
このため、事業者は定期的に締め処理を行い、税務調査時に提出できる形式でデータを整備しておく義務があります。
スケジュールと罰則
当初は 2026年3月1日が導入期限とされていましたが、実務準備の遅れを考慮し、2026年9月1日まで延期されました。
制度に違反した場合、1システムにつき最大7,500 €の罰金が科されます。
この「1システム」とは、非認証のソフトウェアまたは販売管理システム単位を意味します。
ケース1:1店舗に1種類のレジソフトを使用(端末は複数存在)
→ 同一ソフトウェアであれば 1ユニット=7,500 €。端末台数は関係ありません。
ケース2:複数の異なるソフトウェアを使用(例:店頭レジ+オンライン販売)
→ システムが異なれば、それぞれ7,500 €。
(例:POSレジ=7,500 €、オンライン販売システム=7,500 € → 合計15,000 €)
ケース3:チェーン店舗で独立システムを運用
→ 各店舗が個別の環境を使用していれば、店舗ごとに1ユニット。(例:10店舗で同じ非認証ソフトを導入→ 7,500 € × 10 = 75,000 €)
なお、税務当局からの是正指示後、60日以内に認証を取得するなどの措置を講ずれば罰金は免除されます。
まとめ
フランスの「レジソフト認証制度」は、単なる IT 規制ではなく、税務コンプライアンスの中核を担う制度です。販売記録の透明性と追跡可能性を確保することで、企業の信頼性を高め、税務リスクの軽減にもつながります。
特にフランスでB2C事業を展開する日本企業は、2026年9月1日までにレジソフトの認証を完了しておくことが必須です。早期にベンダーと対応方針を確認し、制度対応を進めることが重要です。