フランスで管理職を雇用している企業では、「管理職だから労働時間の細かな管理は不要」と考えられがちです。しかし、フランス法上、管理職であっても、労働時間規制から当然に外れるわけではありません。その例外的な制度として実務上よく用いられているのが、年間日数制(forfait annuel en jours)です。本稿では、以下、実務上よく用いられる呼称に従い、「forfait jours」といいます。
Forfait joursは、労働時間を時間単位ではなく、年間の労働日数を基準として管理する制度です。ただし、柔軟な制度である反面、その有効性は厳格に判断されます。
フランス破毀院社会部は、2026年4月9日、forfait joursの有効性に関して、実務上重要な判断を示しました。本稿では、この判決を踏まえ、forfait joursの基本的な仕組み、無効と判断される場合のリスク、および企業が確認すべきポイントについて解説します。
Forfait joursの基本的な仕組み
Forfait joursを適用するためには、まず、当該制度を可能にする労働協約・協定上の根拠が存在する必要があります。
フランス労働法典第L3121-63条によれば、forfait joursは、企業協定(accord collectif d’entreprise)または事業所協定(accord collectif d’établissement)、これがない場合には部門別協約または部門別協定(convention ou accord de branche)に基づいて導入される必要があります。
また、対象となる従業員も限定されています。第L3121-58条によれば、forfait joursの対象となり得るのは、主として、労働時間の配分について自律性を有し、その職務の性質上、所属部署・サービス・チームに適用される集団的労働時間に従うことが適切でない管理職(cadres)です。また、労働時間を事前に決定することが困難で、かつ与えられた責任の遂行について実質的な自律性を有する一定の非管理職従業員も対象となり得ます。
制度の根拠となる労働協約・協定が存在し、対象者の範囲に含まれるというだけでは、個々の従業員に当然にforfait joursを適用できるわけではありません。個々の従業員との間で、書面による個別のforfait jours合意(convention individuelle de forfait en jours)を締結する必要があります。実務上は、雇用契約書またはその変更契約書において、forfait joursの適用を明記することになります。
なぜ多くの管理職にforfait joursが適用されるのか
フランス企業では、管理職に対してforfait joursが広く用いられています。その背景には、管理職の業務が、時間ではなく成果や責任により評価されやすいという実務上の事情があります。
たとえば、プロジェクト管理、営業責任者、部門責任者、専門職的な管理職などは、毎日同じ時間帯に同じ業務を行うというよりも、会議、出張、顧客対応、チーム管理、資料作成などを自ら調整しながら遂行することが多くあります。このような職務について、厳密に1日何時間働いたかを基準に管理することは、必ずしも実態に合いません。そのため、企業は、年間の労働日数を定め、その範囲内で管理職に一定の裁量を与える仕組みとして、forfait joursを利用します。
ただし、この柔軟性は、企業に無制限の労働を認めるものではありません。forfait joursのもとでも、日々・週ごとの休息、過重労働の防止、健康・安全の保護は維持されなければなりません。この点で、forfait joursは、労働時間管理を不要にする制度ではなく、むしろ「時間単位の管理に代えて、労働日数、業務負荷、休息、健康状態を適切に管理する制度」と理解する必要があります。
Forfait joursに関する主な法的要件
Forfait joursの有効性を検討するうえで、特に重要なのが、フランス労働法典第L3121-64条です。
同条は、個別のforfait jours合意の締結を予定する労働協約・協定において定めるべき事項を規定しています。具体的には、以下のような事項が含まれます。
- forfait joursの対象となり得る従業員のカテゴリー
- forfait joursの適用期間
- 年間の労働日数
- 欠勤、期間途中の入社・退職が報酬に与える影響
- 個別のforfait jours合意に記載すべき主要事項
- 従業員の業務負荷を評価し、定期的に確認する方法
- 業務負荷、職業生活と私生活の調和、報酬、社内における業務組織について、使用者と従業員が定期的に話し合う方法
- つながらない権利の行使方法
このように、forfait joursは、単に「労働時間を時間単位で管理しない」という制度ではありません。制度の前提となる労働協約・協定において、対象者、基準期間、労働日数、業務負荷の確認方法、従業員との定期的な対話の仕組みなどが整備されている必要があります。
また、第L3121-65条は、労働協約・協定に一定の定めがない場合に、使用者が勤務日数を記録し、業務負荷が休息時間と両立しているかを確認し、年1回の面談を行うことなどによって補充できる場合を定めています。しかし、すべての欠缺がこの補充措置によって治癒されるわけではありません。今回の判決が示したとおり、forfait joursにおいて年間何日働くことになるのかが明確に定められていない場合、その欠缺は、第L3121-65条に基づく勤務日数の記録や年1回の面談といった補充措置によっても補うことができません。
2026年4月9日判決の概要
フランス破毀院社会部は、2026年4月9日、forfait joursの有効性について、実務上重要な判断を示しました。
本件では、Petit Bateau社に勤務していた従業員が、自身に適用されていたforfait joursの無効を主張し、あわせて残業代等の支払を求めていました。控訴院は、forfait joursの無効性については従業員の主張を認めましたが、残業代請求については、従業員が既に十分な報酬を受けていたとして退けました。
控訴院は、本件forfait joursについて、具体的な年間労働日数が定められておらず、法定上限である218日への参照にとどまっていたことなどを踏まえ、これを無効と判断しました。破毀院も、この点について控訴院の判断を維持しています。
破毀院は、第L3121-53条および第L3121-58条に基づき、forfait joursの合意には労働日数を定める必要があるとしました。さらに、第L3121-63条、第L3121-64条および第L3121-65条を踏まえ、forfait joursに含まれる労働日数について協定上の定めが欠けている場合、その欠缺は事後的に治癒できないと判断しています。
つまり、「年間218日を上限とする」という記載は、forfait joursに含まれる具体的な労働日数を定めたものとはいえません。218日はあくまで法定上限であり、実際に何日働く制度であるのかを明確に定める必要があります。また、会社が勤務日数を管理していたこと、給与明細上で勤務日数が確認できたこと、業務負荷に関する面談制度が存在したことなども、この欠缺を補うものではないとされました。
Forfait joursが無効となった場合の効果
Forfait joursが無効とされた場合、従業員は、もはや年間労働日数制のもとで労働時間を管理されていたものとは扱われません。その結果、原則として、通常の労働時間制度、すなわち週35時間を基準とする制度に戻ることになります。
この場合、従業員が週35時間を超えて勤務していたことを主張・立証できるときは、残業代の支払を求めることができます。破毀院も、本判決において、誤ってforfait joursの対象とされた従業員は、第L3171-4条に従い、実際の労働時間数を裁判所が確認したうえで、残業代の支払を求めることができると述べています。
本判決では、控訴院が、従業員の報酬が最低賃金水準を上回っていたことなどを理由に、残業代は既に支払われていると評価した点も問題とされました。これに対し、破毀院は、最低賃金または協約上の最低賃金を上回る給与が支払われていたとしても、それだけで残業代が支払われたことにはならないと判断しています。
この点は、管理職に比較的高い給与を支払っている企業にとって重要です。Forfait joursが無効となった場合、給与水準が高いことだけを理由に、残業代も支払済みであると扱うことはできません。
本判決から企業が確認すべきポイント
本判決の実務上のポイントは、forfait joursに含まれる年間労働日数が、制度の中核的要素であることを改めて示した点にあります。特に、「218日以内」または「法定上限である218日を超えない範囲」といった記載だけでは、具体的な年間労働日数を定めたことにはなりません。218日はあくまで法定上限であり、実際に何日働くforfait joursであるのかを明確に定める必要があります。
また、この欠缺は、事後的な運用によって補うことはできません。会社が実際には勤務日数を管理していた、給与明細に勤務日数が記載されていた、業務負荷に関する面談を実施していた、といった事情があっても、そもそもforfait joursに含まれる労働日数が定められていなければ、その欠缺を治癒することはできないとされています。
そのため、forfait joursを導入している企業は、まず、制度の根拠となる労働協約、企業協定、事業所協定または部門別協約・協定において、forfait joursに含まれる労働日数が明確に定められているかを確認する必要があります。
あわせて、各従業員との個別合意においても、その内容が適切に反映されているかを確認すべきです。雇用契約書や変更契約書において、「218日を上限とする」といった抽象的な記載にとどまっていないか、実際に何日働くforfait joursであるのかが明確に記載されているかを確認することが重要です。
さらに、形式面の確認に加えて、実際の運用も重要です。会社は、従業員の業務負荷が合理的な範囲にとどまっているか、日々・週ごとの休息が確保されているか、業務量に問題が生じていないかを継続的に確認する必要があります。
まとめ
Forfait joursは、管理職等の柔軟な働き方に適した制度ですが、その有効性は、厳格な要件を満たすことを前提としています。
2026年4月9日の破毀院判決は、特に、forfait joursに含まれる年間労働日数を明確に定める必要があることを改めて示しました。「218日を上限とする」という記載だけでは足りず、この欠缺は、事後的な勤務管理や面談制度によっても補うことはできません。
Forfait joursを利用する企業としては、根拠となる労働協約・協定、個別合意および実際の運用を改めて確認することが重要です。