※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2019年1月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
ブラジルは、潜在的には有力な市場であることは間違いないが、政治の不安定さに起因する経済状況のさらなる悪化の可能性や、労働コストなどの事業障壁から、事業の撤退を余儀なくされることもある。事業の撤退の方法としては、大きく分けて、会社の清算及び会社の売却がある。本稿では、それぞれの方法について、その手続きや実務的なポイントについて解説する。
1.会社の清算
(1)手続き
会社の清算手続きの大まかな流れは、日本での会社の清算手続きと同様である。すなわち、①会社解散及び清算人選任の株主総会決議、②公告、③清算活動(資産の売却及び負債の弁済)、④残余財産の分配、⑤会社清算の株主総会決議、⑥清算の登記という流れになる。
(2)実務的なポイント
(ア)株主総会決議
上記のとおり、会社の清算のためには、会社解散と会社清算の2回の株主総会決議が必要となる。もっとも、実務的には、上記③の清算活動を完了させたあとに、会社解散と会社清算の株主総会決議を1回で済ますことが多い。解散決議をすると、会社は株主総会を6か月に1回開催する義務を負うことになるため(通常は1年に1回)、これを回避するため、解散決議をできるだけ後にするのである。
(イ)訴訟等の処理
会社清算で最も問題になるのは、係属している訴訟や行政手続き(主に税金に関する行政手続き)の処理方法である。ブラジルは訴訟社会であるため、数十件から数百件の訴訟等を抱えていることも珍しくない。会社を清算するためには、これらを全て終了させることが必要になる。理論上は会社の意思で全ての訴訟等を終了させることが可能であるが(民事訴訟や労働訴訟であれば、訴訟の取下げ、相手方の請求を認めて支払う、和解などで終了させることができ、税金に関する訴訟や行政手続きも同様に取下げや支払いで終了させることができる)、相手方との交渉や裁判所での手続きに時間がかかることも多く、いつ終了できるか予測することは難しい。また、例えば、ある労働訴訟について簡単に労働者の請求に応じてしまうと、ほかの労働者から同種の裁判を起こされるリスクが高まる。そのため、清算に際しては、ある程度余裕を持ったスケジュールを想定し、かつ、訴訟等を終了させることについても、その方法について、1件ずつその内容を踏まえて検証する必要がある。
(ウ)書類の保管
会社清算後も、会社は雇用関係や税務に関する書類を保管する必要がある。実務的には、法律事務所や会計事務所に保管を依頼することが一般的である。書類の保管期間は、それぞれの権利関係に関する時効期間満了までである。
2.会社の売却
(1)手続き
会社の売却方法はいくつか考えられるが、一般的には、株式譲渡の方法が採られる。株式譲渡が最も簡便な方法であるからである。会社の売却の流れは、日本の場合と変わりはない。すなわち、買主による対象会社のデューディリジェンス、株式譲渡契約の締結、契約の実行である。
(2)実務的なポイント
(ア)情報漏洩
実務的にまず重要となるのは情報漏洩の防止である。上述のとおり、会社の売却時にはデューディリジェンスへの対応が必要となるが、デューディリジェンスに対応するためには、資料の準備や買主からの質問への回答など現地社員の協力が不可欠となる。その際、現地社員から情報が漏洩するリスクがある。情報漏洩を防止するために実務的に行われている対応の一つは、会社売却の目的には一切触れず、「本社からの監査を目的とした調査」などと現地社員に説明することである。
(イ)株式譲渡契約の内容についての交渉
株式譲渡契約の主要な条項は、日本で一般的に用いられている株式譲渡契約と同様である。売主としては、それぞれの項目について買主と協議・交渉することになるが、会社売却の場合、売主の交渉力がどうしても弱くなる。売主としては、交渉決裂して会社を清算するよりかは、妥協してでも売却する方がメリットがあるためである(会社清算をするためには、上述のとおり、訴訟等をすべて終了させる必要があり、また、従業員の解雇も必要になるなど、手間も時間もかかる)。そのため、売主としては、妥協するとしても、どこまで妥協できるかをあらかじめ決めておくことが重要である。
株式譲渡契約の内容について、一般的に議論となる条項は、売却代金の額、売却代金の支払方法、売主の責任の範囲(表明保証と補償責任)、売主の競業避止義務などである。これらの点に関して、「ブラジルで一般的な落としどころは?」という質問を受けることが多いが、いずれの点も当事者間の交渉により決定される事項であるため、ケースバイケースと言うほかない。