※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2021年3月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
ブラジルの労働法制は、ブラジルコスト(ブラジルで事業を行う上での障壁)の一つと長年言われており、日本企業の関心も高い。本稿では、法的な観点から、ブラジル労働法制の特殊性について、日本における労働法制と比較しながらその一部を紹介する。
1.労働裁判の数
まず、最も大きな違いとしてあげられるのが労働裁判の数であろう。以下の表は、それぞれの国で提起された新規労働裁判の数である。ブラジルの労働裁判も、労働法が改正された2017年以降、大幅に減少しているが、それでも日本の労働裁判に比べれば桁違いに多い。労働裁判に対応する手間やコストが大きな負担になっていることは容易に想像できる。
2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | |
ブラジル | 2,756,251 件 | 2,648,464 件 | 1,748,070 件 | 1,842,619 件 |
日本 | 6,805 件 | 6,897 件 | 7,130 件 | 7,280 件 |
※ブラジル労働最高裁判所(Tribunal Superior do Trabalho)及び日本の最高裁判所事務総局行政局の公表数字。なお、日本の数字は労働裁判及び労働審判の合算値である。
2.契約条件の悪化の禁止
会社の業績悪化などで労働条件の変更(賃金の減額など)が必要な場合、日本であれば、労働者の合意があり、かつ、合意取得の方法に問題がなければ変更も可能である。一方、ブラジルの場合、労働者の合意があっても、当該不利益変更がその後裁判で争われれば、合意は無効と判断される可能性が高い。ブラジルにおいて労働条件を変更するためには労働組合の同意が必要であるが、労働組合の同意を取得するのは現実的には難しい。そのため、ブラジルの場合、業績が悪化した場合でも、解雇以外の方法で人件費を削減することは非常に難しく、柔軟な会社運営ができない。
3.グループ会社による債務負担
ブラジルにおいても、日本においても、法人はそれぞれの債務について各自責任を負うのが原則であり、別の法人が責任を負うことはない。ブラジルにおいては、この例外がいくつかあり、労働法もその一つである(ブラジル労働法2条2項)。同条の詳細な説明は割愛するが、簡単に言えば、グループ会社の各会社は、同グループの別の会社の労働債務について責任を負うという制度である。そのため、ブラジルでは、自社以外の労働者からも労働裁判を提起される可能性があるということを念頭に置く必要がある。
4.労働組合の位置付け
ブラジルにも日本にも労働組合は存在するが、その位置付けは異なる。日本の場合、伝統的には、労働組合は各企業内に設けられ、団体交渉は、企業内組合と当該企業間で行われる。そして、企業と企業内組合間で激しい交渉が行われることはそれほど一般的ではない。一方、ブラジルにおいては、会社の事業内容及び所在地により、当該会社の従業員を代表する労働組合が決まり、また、同様に、会社側を代表する使用者団体も決まる。団体交渉は、労働組合と使用者団体又は会社間で行われ、両者の合意(労働協約)は、各企業を拘束することになる。つまり、すべての企業の労働者はいずれかの労働組合に代表されるため、たとえ従業員が数名の企業であっても労働協約の内容に従わなければならない。そして、ブラジルの場合、一般的には、労働組合は会社に対して強気の交渉をしてくる。そのため、事業所の閉鎖など、多くの従業員に影響のあることを行う際には、事前に労働組合への対応を慎重に検討する必要がある。
5.雇用形態
ブラジルでは、雇用期間の定めのない契約が原則である。また、日本のアルバイトのように、1日のうち数時間、週のうち数時間勤務する形態は一般的ではない。ブラジルにおいても、時間、日、月単位で契約される断続的労働という制度が労働法改正により新たに創設されたが、同制度の合憲性についての議論が続いておりあまり利用されていない。また、日本の派遣のような制度もあるが、例外的な場合(臨時的な従業員の欠員など)にしか利用できない。したがって、日本のように、アルバイトや派遣を利用した労働コストの削減を行うことが難しい。
6.有給休暇
日本でもブラジルでも有給休暇は労働法で規定された労働者の権利である。もっとも、日本の場合、有給休暇の一部(年に5日)の付与のみが会社の義務で、それ以上の日数についてはたとえ労働者が有給休暇を取得しなくても会社に罰則はない。一方、ブラジルでは、年間30日間の有給休暇があり、全日数付与する義務がある。仮に労働者が有給休暇を取得しない場合、会社は罰則として休暇手当の倍額を支払う必要がある。また、労働者の合意がない限り、有給休暇は30日間連続で付与しなければならない。
7.解雇の可否
企業による解雇権の有無は、日本の労働法制がブラジルの労働法制より厳しい数少ないものの一つである。ブラジルの場合、理由の如何を問わず、従業員をいつでも解雇することができる(妊娠中の従業員など解雇できない例外事情もある)。一方、日本では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と労働契約法において規定されているとおり、例外的な場合しか解雇できない。