※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2022年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.プログラム医療機器の発展とブラジルの法規制
近年、医療行為においてもデジタル技術の活用が進んでいる。診断や治療を支援するソフトウェアはプログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD)と呼ばれ、たとえば、人工知能(AI)による画像診断やニコチン依存症に対する治療用アプリなど多数のプログラム医療機器が実際に活用されている。プログラム医療機器に関しては、各国でその開発や実用化のための制度が制定され、日本でも、2020年に厚生労働省がプログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)を打ち出すなどプログラム医療機器の実用化に向け国を挙げて体制強化を図っている。
ブラジルにおいては、プログラム医療機器に特化した具体的な法規制はなく、プログラム医療機器についても、国家衛生監督庁(Agencia Nacional de Vigilancia Sanitaria:ANVISA)が制定した医療機器全般に関する規則(2001年RDC決議185号(以下「決議185号」という)など)が適用されていた。もっとも、従前のANVISAの決議はハードウェアタイプの医療機器を想定した規定であったため、ラベル表示や使用説明書の印刷などプログラム医療機器ではその対応が想定できないものも少なくなかった。また、ソフトウェアのアップデートのたびにANVISAへの変更申請が必要か否かなど不明瞭な点が少なくなかった。そのため、プログラム医療機器を利用した医療行為の法的安定性がなく、その結果としてプログラム医療機器の実用化が遅れていた。そのような状況において、ANVISAは、2022年3月にRDC決議657号(以下「決議657号」という。)を発行し、プログラム医療機器の特殊性に応じた新たなルールを制定した。
2.プログラム医療機器の定義
決議657号では、プログラム医療機器を、1つ以上の医療用途を有する医療機器(体外診断用薬・機器(In Vitro diagnostics)を含む)で、モバイルアプリケーションの形態を含み、ハードウェア医療機器の一部ではないものと定義している。なお、「医療機器」とは、決議185号において、薬理学的、免疫学的又は代謝学的な手段を用いずに(これらの手段により機能が補助される可能性はある)、予防、診断、治療、リハビリテーション又は避妊を目的とし、人に主要な機能を発揮させるものと定義されている。そのため、運動などの健康活動の奨励や健康管理の維持を目的とし、予防、診断、治療、リハビリテーション又は避妊を目的としないソフトウェアはこれに含まれない。また、ANVISAにより規制対象外製品として指定されているソフトウェア、医療サービスの事務管理のためだけに使用されるソフトウェア、臨床診断や治療目的のない人口動態や疫学の医療データを処理するソフトウェア及びすでにANVISAの規制を受けているソフトウェアもこれに含まれない。
3.プログラム医療機器の届出・登録
プログラム医療機器をブラジルにおいて製造、輸入及び販売するためには、決議185号に基づくリスククラス(I、II、III、IV)に応じて、ANVISAへの届出又は登録が必要となる。どのリスククラスに該当するか疑義がある場合には、ANVISAに確認することができる。ただし、医療機関自身により開発され、当該医療機関又はその子会社における医療サービスのためにのみ使用されるプログラム医療機器は、リスククラスI又はIIに分類される場合、ANVISAへの届出又は登録が必要とされるその他の医療機器の機能を妨げない限り、ANVISAへの届出は不要である。なお、特定の医療機器の専用付属品であるソフトウェア及びプロセッサを搭載した特定のハードウェアに組み込むことを前提に開発されたソフトウェアは、かかる特定の機器(ハードウェア)とともにANVISAに届出又は登録が必要となる。
4.その他の新たな規制
決議657号によるその他の規制の詳細は割愛するが、決議657号はいくつか新たな規制を設けている。たとえば、決議185号などにおいて規定されているラベル表示や使用説明書に関してプログラム医療機器の特殊性に応じた追加的な記載事項(ソフトウェアの更新方法の説明など)が規定される一方、ソフトウェアがオンライン上で配布されている場合は物理的なラベル表示や使用説明書の配布は免除されることが明記された。また、医療機器に関する情報の変更は2020年RDC決議340号に従う必要があるが、決議657号においてプログラム医療機器について変更申請が必要となる事由(新たな適応症の創出など)が規定された一方、単なるプログラミングのエラー修正などは変更の必要がないことが規定された。さらに、医療機器の安全性及び効能に関する基本要件を規定した2021年RDC決議546号がプログラム医療機器にも適用されることが規定されるとともに、プログラム医療機器の特殊性に応じた項目(ソフトウェアと使用環境の相互作用により生じ得るリスクに関する情報提供など)が規定された。