※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2025年3月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.はじめに
2025年1月、学校におけるスマートフォンやその他の携帯電子機器の使用を制限することを目的した新たな法律(2025年法15100号)がブラジルで成立した。この法律の1つの背景として、OECDが2022年に実施したPISA(国際学力調査)の結果が挙げられている。同調査によれば、ブラジルの学生の学力は他国と比較して低い水準であったが、ブラジル国内では、スマートフォンの過剰使用が学習に悪影響を及ぼしていると指摘する声も多い。実際にPISAにおけるアンケートにおいても、ブラジルの生徒の約80%がスマートフォンの使用により授業中に気が散ると回答している。これは日本(約18%)、韓国(32%)等と比較して非常に高い数字である。
2022年の調査によれば、ブラジルの10歳~13歳の子供のスマートフォン保有率は54.8%、14歳~19歳の場合は84.7%となっており、その多くがSNSを頻繁に利用している。このような状況が、学習時間の減少や集中力の低下を招いている可能性がある。このような状況を踏まえて、ブラジル政府は、学生の学力向上と健康維持のために、教育現場でのスマートフォンの使用を見直す必要があると判断し、2025年法15100号を制定した。
なお、学校でのスマートフォンの使用を制限する法律はブラジル以外の国でも存在し、例えば、フランス、スペインなどでも同様の法律がすでに制定されている。また、オーストラリアでは16歳未満の子供によるSNS利用を禁止する法律が2024年12月に成立している。
日本では特別な法律はないが、文部科学省が一定の指針を公表している。文部科学省の2009年の通知では「小・中学校の携帯電話持ち込みは原則禁止」とされ、例外的に「携帯電話を緊急の連絡手段とせざるを得ない場合、そのほかやむをえない事情が想定される場合」にのみ、保護者から学校長に対し許可を申請させるなどして持ち込みを認める可能性もあるとされていた。しかし、文部科学省は2020年7月の通知で一部内容を変更し、中学校では原則禁止から条件付きで容認されることになった。条件とは、学校における管理方法や紛失等のトラブル発生時の責任の所在の明確化、保護者によるフィルタリングの設定などである。ただし、かかる通知文には法的拘束力はないため、自治体によっては小学校での携帯電話の利用も認めているところもある。
2.2025年法15100号の概要
(1)対象となる学校
基礎教育(Educação Básica)のすべての段階の学校が対象となっており、公立及び私立学校いずれも対象となる。基礎教育とは4歳から17歳を対象とする学校であり、高校(Ensino Médio)も含まれる。
(2)対象となる禁止行為
学校においてスマートフォンやその他の携帯電子機器を使用することが禁止される。使用禁止時間は授業中だけではなく、学校におけるすべての時間における使用が禁止されており、休憩時間や授業と授業の間の時間も含まれる。ただし、教育的な目的で教職員の指導のもと使用することはできる。また、緊急時ややむを得ない状況での使用も認められる。さらに、生徒の健康状態への対応や基本的人権の保障の観点等での使用も認められる(その具体例は法律上は明確ではない)。
(3)違反した場合の罰則
違反した場合の罰則は2025年法15100号には規定されていない。学校側において適切な措置を講じることが求められるが、具体的な罰則については各学校の裁量に委ねられている。
(4)学校の対応
学校には以下の義務が課せられている。
- 基礎教育課程の生徒の心理的苦痛やメンタルヘルスの問題に取り組むための方針を策定し、スマートフォンの過度な使用や不適切なコンテンツへのアクセスなど、生徒における心理的苦痛のリスク、兆候、予防について生徒に周知する。
- スマートフォンの過度な使用等による悪影響やリスク並びにその発見や防止について定期的な研修を実施する。
- スマートフォン(スクリーン)の過度な使用やノモフォビア(スマートフォンがない状態に対する病的な恐怖)により心理的苦痛を受けている生徒や教職員を受け入れるための傾聴スペースやレセプションスペースを提供する。
3.サンパウロ州法
サンパウロ州では、2024年11月に同様の趣旨の州法(2024年州法18058号)がすでに成立していた。同州法は生徒による学校でのスマートフォンの使用を禁止するとともに、学校や各自治体の教育局に対して、生徒が学校に持ってきたスマートフォンの授業中の保管方法について定めること等を課している。
なお、ブラジルは連邦国家であるため、連邦のみに属している事項以外であれば州も独自の法律を制定できる。そのため、サンパウロ州のように2025年法15100号と同様の州法が存在する州では、両方の法律を遵守する必要がある。